実験に使う培養細胞は、二酸化炭素濃度を5%に調節したインキュベーター(保温器)の中で飼っている。
培養液のpHを保つためである。
今日、研究室に来たら、助手のAさんが「なにかピーピー鳴ってるよ」と、いとも呑気な声でおっしゃる。
見に行くと、インキュベーターの警報だ。CO2濃度が激減している。
インキュベーターにつないである二酸化炭素ボンベが、まったくカラになっているようだ。
こういうことにならないよう、ボンベが残り少なくなった先々週、次のボンベを頼んでおいたのだが、いつもはすぐ届くはずのボンベがちっとも来なかった。手違いらしい。
しかし、今は業者を恨んでいる場合ではない。
何かあったら、私の細胞はフリーズストックからまた起こせばいいが、インキュベーターにはE君の細胞も入っている。もしも死に絶えたとしたら、たいへん。
私は、ほかにCO2インキュベーターをもっている研究室を探した。
いちばん近いのは隣の研究室だが、今日はあいにくと誰もいない。
あとの心当たりは、地下のF研である。
たまたま出勤していたKさんとMさんにお願いしたら、「誰も使ってないからいいよ」と言ってくださった。F先生にも電話で許可を取ってくださる。
感謝しつつ、細胞を地下に運ぶ。
細胞にとっては、温度が下がるほうが致命的なので、急がなくてはいけない。
今が夏でよかった、と、初めて酷暑に感謝した。
夕方にやってきた助手のMさんに聞くと、培養液のpHさえ変わらなければ、けっこう細胞は平気なんだとか。
そうだったのか。場所を移動したりしたことが、かえってコンタミのもとになったりしないことを祈る。