少し前のニュースですが、「「EMだんご」で阿蘇海浄化 宮津 住民ら1000個投げ入れ:京都新聞」を読んで、大変驚きました。
EMとは、乳酸菌、酵母などの「人間にとって」有用と考えられる微生物を集めたものをいいます。
このEMは、堆肥等に使う人がいるほか、「掃除や洗濯に使うとよい」といった口コミを介して、家庭にも広まっています。米のとぎ汁を用いて自宅で培養し、手渡しで伝えられたりもしているようです。EMの培養液そのものを、霧吹きなどで流しや床に吹きかけると、悪臭がなくなったり、きれいになったりする、ということのようです。
そのような効果があることが学術的に証明されたという話はまだ聞きませんが、流しや床の掃除、または水の浄化槽など、限られた条件の中であれば、ある程度の効果を示すかもしれません。
しかし、ここしばらく、このEMを河川などの自然環境にそのまま投入して水質の向上をはかる、というような活動が、自治体や学校などの主導で行われるようになりました。最初にご紹介したニュースも、このような活動のひとつのようです。
このようなEMの使用は、家庭や浄化槽などの限られた条件で使われるのとは、まったく性質が違うため、これまでにも多くの問題提起がなされています(EM菌投入は河川の汚濁源?- kikulog -、「EMは河川の汚染源」- ほたるいかの書きつけ)。
ここでもう一度、私なりに問題と思われる点をまとめてみたいと思います。
汚れた川に、さらに汚濁源を投げ込む?
河川の汚れの主な原因は、生活排水などに含まれる栄養分をエサにして、きれいな川では数が少なかった微生物が一気に増えることです。
その有害な(5/19追記:「生態系の多様性を維持するためには有害な」)微生物が、悪臭を放つガスを出したり、水中の酸素を減らしたりして、有害微生物以外の生き物(魚や水草、プランクトンなど)が棲めないような環境をつくります。
したがって、河川に汚染源となるような生活排水等をそのまま流さないことが何より重要です。
汚れた河川にEMを投入する活動では、河川の中でEMが働くことにより、有害な微生物の増殖をおさえ、ヘドロを分解して、水をきれいにしよう、と考えられているようです(東京都千代田区の例その1、千代田区の例その2)。
しかし、多量の有機物や窒素源を環境中に導入するということにおいては、生活排水もEMも同じことです。米のとぎ汁によるEMの培養液を使うとしたら、とぎ汁に含まれる余分な栄養分も同時に環境へ投入することになります。
もし、河川にEMを投入しようと考えるなら、EMが河川の生態系に及ぼす影響を、あらかじめ慎重に検討する必要があるはずです。
EMは「ちょうどよく」増えることができるのか?
ある微生物が生存し、増えるためには、その微生物に適した環境が必要です。汚れた河川に投入したEMがその環境で生き延び、有害な微生物の増殖をおさえることができるかどうか、また、有害な微生物以上に増えすぎることはないかどうか、まず検討することが必要だと思います。しかし、私の調べた限りでは、環境への投入に先立って、どの程度の事前検討がなされているのか、よくわかりませんでした(事例をご存じの方はご教示ください)。
もし、汚れた河川中でEMが生き延びることができなければ、河川に投入した大量のEMはそのままゴミになり、窒素などの栄養分として有害な微生物のエサになります。海に流れれば、海を汚すもとにもなります。
また、もし、河川という環境がEMに非常に適しているならば、今度はEMそのものが増えすぎて、河川を汚す有害な微生物にもなりかねません。
河川を構成する生物群、栄養状態、温度、日照などの条件は、場所によってそれぞれまったく異なります。
どんな環境においても、EMなら絶対に増えすぎもせず、死ぬこともない、と確実に予想できるだけの根拠が、私には残念ながら見つけられませんでした。
冒頭で紹介した事例でも、投入した大量のEMがそのまま川の中で死に、新たな汚濁源にならないという保証は、まったくなさそうに思えます。
阿蘇海の環境活動は、地域住民の方々や関係団体および行政が連携した「阿蘇海環境づくり協働会議」が主導していらっしゃるようです。
本会議には京都大学等の学術団体も関わっているようですので、今回のEM投入に関してのご意見を伺いたいところです。
実際に汚れた川や海、湖を目にしておいでの地元の方々は、真摯な思いで環境活動に取り組んでいらっしゃると推察いたします。
そのような皆さんのおかげで、私たちの生活が成り立っているとも思います。
だからこそ、特にEM大量投入など環境への負の影響が予想されるものに関しては、正確な知識と情報、検討が必要とされるのだと思います。
EMを環境教育に使うことの問題点
ところで、EMを用いた環境活動が、子供たちに対する「環境教育」として行われている場合もあるようです。
しかし、根拠や効果のはっきりしないものをむやみに環境中に投げ込み、それでよしとすることが、はたして教育になり得るのか疑問であると私は思っています。
自然界の環境は、目に見えないほど小さな微生物から、目に見える大きな生物まで、実にたくさんのいろいろな生き物が、互いに影響し合ってなりたっています。
たとえば、ある公園の池と別の公園の池でまったく様子が違うことなどは、すぐにでも子供に見せることができます。
人間が捨てたものによって環境が汚染されているなら、何よりもその汚染源をなくさなければいけないことは、子供でも簡単に理解できるはずです。
私は、まずそういうことから始めたいと思っているのですが、いかがでしょうか。
補足
EM研究所によると、愛媛県の上浦町では、平成12年度から13年度にかけて、EMを海に投入してヘドロ減少効果があったとしています。
しかし、愛媛県の資料(PDFファイル)に示されるように、国内でも下水道普及が遅れている愛媛県では、公共下水道事業が積極的に進められています。
その普及率の伸びは、平成7年度(27.4%)→平成13年度(36.7%)→平成19年度(44.7%)と著しいものです。
(クリックで大きくなります。上記資料より筆者が作成)
上浦町の下水道普及率は、平成14年度末には80%以上に達しています(資料。PDFファイル)。
こちらの資料(PDFファイル4枚目)には、同じ愛媛県松山市の傍示川流域で、下水道の普及率が上がるにつれ、傍示川の水質が改善したというデータも示されています。
(クリックで大きくなります。上記資料より転載)
このように下水道普及による環境への効果が大きいことから、上浦でのヘドロ減少がすべてEMによるものであると結論付けることには、慎重にならざるを得ないと私は考えます。
また、このときに悪影響がなかったからと言って、安心することもできないと思います。
EMを上浦の海に投入した影響については、投入した2年間のみの調査結果しか発表されていません。環境問題は、十年、数十年単位で考えていく必要があると思いますが、その後、上浦の海の汚染がどれほど改善されたか(またはされなかったか)は不明です。
また、この上浦町を初めとする瀬戸内の島嶼部では、肥料による地下水の汚染問題が平成14年に指摘されています(資料(PDFファイル))。その問題への対応策も含めた長期的なデータの蓄積と共有が必要ではないかと思います。
個人的な考えですが、生活排水や農業廃水、そして島嶼部であれば地下水などを、まず浄化槽等で浄化し(必要ならそこで微生物資材を用い)、きれいにした水をリサイクルするなり、川や海に流すようなシステムの開発が先決であり、微生物そのものを環境中に大量に投入することには、いやがうえにも慎重になるべきだと思います。