平成21年(行ケ)第10033号審決取消請求事件(知的財産高等裁判所第3部)

 ちょっと実務に関係する判決なので、メモ。

 拒絶審決取消訴訟事件で、原告の主張が認容されたケースです。

 本願の請求項1に係る発明は「場合により薬理学的に許容可能な酸付加塩形態にあってもよいフリバンセリンの,性欲障害治療用薬剤を製造するための使用。」

 審決の理由の要旨は、

(1) 医薬についての用途発明においては,一般に,有効成分の物質名,化学構造だけからその有用性を予測することは困難であり,発明の詳細な説明に有効量,投与方法,製剤化のための事項がある程度記載されている場合であっても,それだけでは当業者が当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることができないから,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものであるというためには,発明の詳細な説明において,薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載がされることにより,その用途の有用性が裏付けられていることが必要である
 
(2) 本願明細書の発明の詳細な説明には,フリバンセリンの本願発明の医薬用途における有用性を裏付ける記載はない。
 
(3) したがって,本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,特許法(以下「法」という。)36条6項1号に規定する「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」との要件を満たさない

 というもので、これはわりとよく見る拒絶の理由だと思います。(ただし36条4項とセットで)

 この判決では、「審決が、法36条6項1号所定の要件を満たすためには、医薬の用途発明では「薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をする」ことが必要であると同項を解釈し、本願の特許請求の範囲は、同項1号の要件を満たさないとした点には誤りがある」と判断しています。

 36条6項1号とよくセットで適用される36条4項1号との関係について判示している内容が興味深かったので引用します。

1 法36条4項1号と同条6項1号の関係について
(1) 法36条4項1号と6項1号の各規定の趣旨
 法36条は,特許出願をする際に提出する願書に記載すべき事項について要件を定めているが,このうち,願書に添付する明細書の「発明の詳細な説明」に係る記載に関しては法36条4項1号が,願書に添付する「特許請求の範囲」に係る記載に関しては同条6項1号等が,それぞれ記載すべき要件を峻別して規定している。
 
 すなわち,法36条4項1号は,「発明の詳細な説明」の記載については,「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」(特許法施行規則24条の2)により「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである」ことを,その要件として定めている。同規定の趣旨は,特許制度は,発明を公開した者に対して,技術を公開した代償として一定の期間の独占権を付与する制度であるが,仮に,特許を受けようとする者が,第三者に対して,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他の発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を開示することなく,また,発明を実施するための明確でかつ十分な事項を開示することなく,独占権の付与を受けることになるのであれば,有用な技術的思想の創作である発明を公開した代償として独占権が与えられるという特許制度の目的を失わせることになりかねず,そのような趣旨から,特許明細書の「発明の詳細な説明」に,上記事項を記載するよう求めたものである。
 
 これに対して,法36条6項1号は,「特許請求の範囲」の記載について,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を要件としている。同号は,特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有すると規定され,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した「特許請求の範囲の記載」に基づいて定めなければならないと規定されていること(法68条,70条1項)を実効ならしめるために設けられた規定である。仮に,「特許請求の範囲」の記載が,「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項の範囲を超えるような場合に,そのような広範な技術的範囲にまで独占権を付与することになれば,当該技術を公開した範囲で,公開の代償として独占権を付与するという特許制度の目的を逸脱するため,そのような特許請求の範囲の記載を許容しないものとした。例えば,「発明の詳細な説明」における「実施例」等の記載から,狭い,限定的な技術的事項のみが開示されていると解されるにもかかわらず,「特許請求の範囲」に,その技術的事項を超えた,広範な技術的範囲を含む記載がされているような場合には,同号に違反するものとして許されない。
 
 このように,法36条6項1号の規定は,「特許請求の範囲」の記載について,「発明の詳細な説明」の記載とを対比して,広すぎる独占権の付与をを排除する趣旨で設けられたものである。
 
(2) 法36条6項1号への適合性判断について
 「特許請求の範囲の記載」が法36条6項1号に適合するか否か,すなわち「特許請求の範囲の記載」が「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである」か否かを判断するに当たっては,その前提として「発明の詳細な説明」がどのような技術的事項を開示しているかを把握することが必要となる。そして,法36条6項1号の規定は,「特許請求の範囲」の記載に関してその要件を定めた規定であること,及び,発明の詳細な説明において開示された技術的事項と対比して広すぎる独占権の付与を排除するために設けられた規定であることに照らすならば,同号の要件の適合性を判断する前提としての「発明の詳細な説明」の開示内容の理解の在り方は,上記の点を判断するのに必要かつ合理的な方法によるべきである。他方,「発明の詳細な説明」の記載に関しては,法36条4項1号が,独立して「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他の・・・技術上の意義を理解するために必要な事項」及び「(発明の)実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載した」との要件を定めているので,同項所定の要件への適合性を欠く場合は,そのこと自体で,その出願は拒絶理由を有し,又は,独立の無効理由(特許法123条1項4号)となる筋合いである。そうであるところ,法36条6項1号の規定の解釈に当たり,「発明の詳細な説明において開示された技術的事項と対比して広すぎる独占権の付与を排除する」という同号の趣旨から離れて,法36条4項1号の要件適合性を判断するのと全く同様の手法によって解釈,判断することは,同一事項を二重に判断することになりかねない。仮に,発明の詳細な説明の記載が法36条4項1号所定の要件を欠く場合に,常に同条6項1号の要件を欠くという関係に立つような解釈を許容するとしたならば,同条4項1号の規定を,同条6項1号のほかに別個独立の特許要件として設けた存在意義が失われることになる。
 
 したがって,法36条6項1号の規定の解釈に当たっては,特許請求の範囲の記載が,発明の詳細な説明の記載の範囲と対比して,前者の範囲が後者の範囲を超えているか否かを必要かつ合目的的な解釈手法によって判断すれば足り,例えば,特許請求の範囲が特異な形式で記載されているため,法36条6項1号の判断の前提として,「発明の詳細な説明」を上記のような手法により解釈しない限り,特許制度の趣旨に著しく反するなど特段の事情のある場合はさておき,そのような事情がない限りは,同条4項1号の要件適合性を判断するのと全く同様の手法によって解釈,判断することは許されないというべきである。

 この判決では、審決がその理由中において、
「医薬についての用途発明においては,一般に,有効成分の物質名,化学構造だけからその有用性を予測することは困難であり,発明の詳細な説明に有効量,投与方法,製剤化のための事項がある程度記載されている場合であっても,それだけでは当業者が当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることができないから,特許を受けようとする発明が,発明の詳細な説明に記載したものであるというためには,発明の詳細な説明において,薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をすることにより,その用途の有用性が裏付けられている必要があ(る)」
と述べている部分については、
法36条4項1号の要件充足性を判断する前提との関係では,同号の趣旨に照らし,妥当する場合があることは否定できない。
としながらも、法36条6項1号の要件充足性との関係で、発明の詳細な説明において、薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をすることが必要不可欠な条件(要件)ということはできないとしています。

法36条6項1号は,前記のとおり,「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比して,「特許請求の範囲」の記載が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲を超えるような広範な範囲にまで独占権を付与することを防止する趣旨で設けられた規定である。そうすると,「発明の詳細な説明」の記載内容に関する解釈の手法は,同規定の趣旨に照らして,「特許請求の範囲」が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲のものであるか否かを判断するのに,必要かつ合目的的な解釈手法によるべきであって,特段の事情のない限りは,「発明の詳細な説明」において実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解することで足りるというべきである。

 そして、「審決には,本願に係る特許請求の範囲の記載は,法36条6項1号の要件を満たしていないとした点に,理由不備の違法がある」と結論しています。

 ちなみに、本願の拒絶理由通知と拒絶査定では、36条4項1号も36条6項1号と同時に適用されていますが、審決では36条6項第1号に規定する要件を満たしていないことだけが理由とされています。

 さて、審判官は、もう一度審理をする際、どのように判断するのでしょうか。
 この判決では、「なお書き」で、こんなことも説示しています。

(なお,発明の詳細な説明に記載された技術的事項が確かであるか否か等に関する具体的な論証過程が開示されていない場合において,法36条4項1号所定の要件を充足しているか否かの判断をするに際しても,たとえ具体的な記載がなくとも,出願時において,当業者が,発明の解決課題,解決手段等技術的意義を理解し,発明を実施できるか否かにつき,一切の事情を総合考慮して,結論を導くべき筋合いである。)

 ところで、特許庁の審査基準に

第36条第6項第1号違反となる例としては、以下の場合が挙げられる。
(1) 請求項においては成分Aを有効成分として含有する制吐剤が特許請求されているが、発明の詳細な説明には、成分Aが制吐作用を有することを裏付ける薬理試験方法、薬理データ等についての記載がなく、しかも、成分Aが制吐剤として有効であることが出願時の技術常識からも推認できない場合

と書かれているのですが、これはどうなるのでしょうね。