「研究」を仕事にするか?(その2)~今、研究を仕事にしている方々へ~

少々間が空いてしまいましたが、前回に引き続き、山田ズーニーさんの「おとなの進路教室。」出演、総まとめ編の第2弾(最終回)。


今、研究を仕事にしている方々へ、かつて研究を仕事にしていて、今は研究を支える仕事をしている私からのささやかなメッセージです。


もっと、もっと、プライドを!

この厳しい状況の中で、日々研究を続けられている皆さんを、心の底から尊敬します。


そして、皆さんに伝えたい。

皆さんは、もっと、もっと、プライドをもっていいのではないでしょうか?


ポスドクの皆さんは、余剰博士とか、博士余り現象とか言われたら、怒りを表明しなければいけない。

日本の科学を担っているのは、あなたたちではないですか。

余ってなんかいない。

これだけの仕事をしてきたのだ、と胸を張って自慢したらいいじゃないですか。


ポスドクはプライドが高くて使えないなんていう人や企業は、ろくなものではないから、相手にしなくていい。

「君たちはプライドを捨てるべきだ。そうすれば道はひらかれる」と親切めかして説教したがる人も、相手にしなくていい。

どうしても相手にしなければならないのであれば、このプライドこそが売りなのだ、と、なぜ高らかに宣言しないのですか?


アピールしよう!

まがりなりにも10年近く、または10年以上、研究を続けてきた過程で、どれほどの資質を獲得してきたか、どれほどのものを生み出してきたか、もっとアピールしてもいいと思うのです。


マスコミが取材に来たら、ラボのボスじゃなくて自分が出たらいい。

PIの方々も、どんどんポスドクや若手を前面に押し出したらいい。


一般の人は、報道されるような科学の研究成果は、すべて「(真新しい)白衣を着た教授」がやっていると思ってますよ? 

「教授、考える人。若手、手を動かす人。」そんな誤解を放置しておいていいんですか?


道はどこにでもある

研究以外では生きていけない、と思いこんでいるとしたら、間違いです。

研究しかしたくない、ならわかる。

でも、10年も研究を続けることができたのなら、研究以外の道でもやっていけるだけの資質が、かならず備わっているはずです。


もし、違う道に進みたい、と思われるのであれば、おそれることも、卑下することもありません。

「こんなことができる」「こんな能力をもっている」と、どんどん自分を売っていったらいいと思います。


コミュニケーション能力とか、難しいことはなんにも考えなくてもいい。

「私はこんなことができる」「あなたと一緒に働きたい」

これだけ伝えられたら十分のはずです。そして、伝えられるはずです。


(おまけ)支えよう~マスコミとサイエンスコミュニケーターたちへ~

博士やポスドクたちを、ひとくくりに「お荷物」扱いにするのは、もうやめませんか?


多くの博士たちが、夢と実力をもって、黙々とアカデミアや産業界で実績をあげているのに、彼らの生き方を取り上げることはせず、ネットやら投書やらで「不遇」を託つヒマのある、ほんの一部の博士たちの視点ばかりを取り上げるのはなぜですか?


人をおとしめて、嗤って、それで飯を食って、何が楽しいんですか?


科学ネタ、博士ネタでお金をいただくのなら、もっと愉快で楽しくて、そして前向きな方法があるはずです。


私は、科学記事を書くときには、かならず筆頭著者のポスドクの名前を紹介します。

将来は、産学の架け橋になれるような弁理士をめざしたいとも思っています。


日本の研究者の皆さん、どうかのびのびと、その素晴らしい力を発揮してください。

微力ながら応援しています。


*最後になりましたが、「おとなの進路教室」放送中、毎回ご紹介くださった、5号館のつぶやきのstochinai先生に、心からの感謝を申し上げます。