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悩ましき朝ごはん

「ドーナツだけの朝ごはん」はダメ?

子どもの朝ごはんについて、こんな記事が話題になっていました。

headlines.yahoo.co.jp

はてなブックマーク - 子どもの朝ごはんは「3日連続でドーナツ」――今どき母親たちの“トンデモ朝ごはん”に共感の声も (週刊SPA!) - Yahoo!ニュース

このニュースについて、著名な教育者であり、また安倍内閣が設置していた教育再生会議の委員なども務められた陰山英男先生も、ツイッターで以下のようなコメントをしていらっしゃいました。

「ドーナツだけ食べる」ような朝食が、「朝ごはんを食べない」のと同じ程度に、学習に対して悪影響を及ぼす、というショッキングな内容です。

私も子どもをもつ親として、どのようなデータに裏付けられているのか、大変気になるところです。
同じように気になった方がほかにもいらして、データのありかを陰山先生に質問してくださったところ、「川島隆太 朝食」で検索してみてほしいとのことでした。


「ドーナツだけの朝ごはんはダメ」の根拠を調べてみた

さっそく「川島隆太 朝食」でGoogle検索してみたところ、いくつかの記事がヒット。
中でも詳しいのが、公益財団法人 学校給食改善協会の『すこやか情報便 特集号』(PDF)でした。

この『すこやか情報便 特集号』には、東北大学加齢医学研究所の川島隆太先生による、「早寝早起き朝ご飯の大切さ」というテーマの講演内容が収録されています。

「ドーナツだけ食べる」ような朝食の害悪と関連しそうな話は、4ページあたりから始まります。
ここでは「バランスのとれた朝食のメニューがなぜ大切か?」という話題で、「ブドウ糖のとれるおにぎりだけ食べても脳は働かない」といった内容が主張されていました。

ここで根拠として示されるデータは、川島先生たちのグループが出されたものではなく、「2年前に日本臨床栄養学会で発表された意外なデータ」とのことで、以下のグラフが示されていました。

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(公益財団法人 学校給食改善協会『すこやか情報便 特集号』より引用)

このグラフは、日本臨床栄養学会雑誌 29: 35-43, 2007より改編されたものとのことです。
調べてみたところ、その日本臨床栄養学会雑誌の論文は、大塚製薬株式会社 佐賀栄養製品研究所の樋口先生らによる「朝食欠食および朝食のタイプが体温, 疲労感, 集中力等の自覚症状および知的作業能力に及ぼす影響」というタイトルの論文のようです。

論文のサマリーが一般社団法人 日本糖尿病療養指導士認定機構のウェブサイトで公開されていました。
朝食欠食および朝食のタイプが体温,疲労感,集中力等の自覚症状および知的作業能力に及ぼす影響(PDF)

このサマリーによれば、低体温、疲労感などの不定愁訴、知的作業能力などの事象に対し、朝食欠食および朝食のタイプがどのような影響を及ぼすかについて、健常成人男性 20 名(平均 33 歳)を被験者として、無作為化比較試験で調べられています。
そして、特に、作業の集中力に関して、以下のグラフが示されています。

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(CDEJ News Letter 第20号 2008年10月 より引用)

樋口先生らは、朝食として
①洋風パン食(食パン、ゆで玉子、ハム、サラダ、ヨ-グルト:387kcal)
②市販栄養調整食品(カロリーメイトブロック(大塚製薬(株)):400kcal)
③具なしおにぎり(375kcal)を摂取したときと、
④朝食抜き
の4条件について比較しています。

一見してわかるとおり、樋口先生らが示したグラフは、洋風パン食または市販栄養調整食品(カロリーメイトブロック)をとった場合は、具なしおにぎりのみ食べた場合や朝食抜きの場合にくらべ、作業への集中度に対して同程度の改善が見られるということを示すものとなっています。

川島先生が改編されたグラフには示されていませんが、洋定食の代わりにカロリーメイトブロック(のような栄養調整食品)だけでもいいということのように見えますね。

実際、その後、2011年に、大塚製薬株式会社と川島先生は共同で、朝食の栄養バランスと脳の活性化に関する研究をされていますが、ここで朝食として効果があるとされているのは栄養調整食品でした*1

本当に大切なのは「リジン」なのか

ところで、上記の講演の中で、川島先生は、ブドウ糖源のおにぎりだけをとっても脳が働かない(ように見える)ことについて、ブドウ糖の代謝に関わる必須アミノ酸のリジンに着目していらっしゃいます。

具体的には、「このアミノ酸(引用者注:リジン)が枯渇すると、実はブドウ糖をいくら摂っても体の細胞はブドウ糖を使えないのです」「米たんぱく質と小麦たんぱく質にはリジンの含有量が極めて少ないため、米だけ食べても脳が働かなかったのかもしれない」と推察されています。

これは栄養学からの推論で、実際にリジンが効いているかどうかについては確かめられていないようですが(もし確かめられていたらごめんなさい)、私はこの分野は専門ではないので、いくつかの疑問がわきます。

元の研究で、同程度に効果があるとされた洋風パン食と栄養調整食品に、リジンはそれぞれどれくらい含まれているのか
そもそも、ブドウ糖を代謝するために必要なリジンはどれくらいか
リジンは体内でそれほど枯渇しやすいものなのか。(朝起きたら枯渇している、というようなものなのか)
そして、常にブドウ糖源とリジン源とを一緒に摂取しなければ、脳によい影響は出ないものなのか
もっというと、朝食のタイプが作業に与える影響(そのような影響が確かにあるとして)の原因は、朝食に含まれる栄養素だけで説明がつくのか

どなたか詳しい方に教えていただけるとありがたいです。

理想の「早寝早起き朝ごはん」を求めて

さて、おおもとの「ドーナツだけの朝ごはんは何も食べないのと同じでダメ」という陰山英男先生のお話に戻ります。

陰山英男先生は、上述したような川島隆太先生のお考えに基づいて、ドーナツはブドウ糖源とはなってもリジンが足りないので「ダメ」と判断されたのでしょう。

ですが、これまで見てきたように、陰山先生、そして川島先生のお考えの根拠となる研究では、何もたくさんの種類のおかずのある食事でなくても、1種類の栄養調整食品さえとれば、朝ごはんとしては十分なのです。
つまり「ドーナツだけの朝ごはん」はダメだけど、「栄養調整食品だけの朝ごはん」はよい、ということになります。

ですが、陰山先生も川島先生も「栄養調整食品さえ食べればいいよ」とはおっしゃいません。

特に川島先生は、先に引用した『すこやか情報便 特集号』にまとめられている講演の中でも、朝ごはんのおかずの数を増やすよう呼びかけています。
それどころか、朝食のおかずの品目数と脳の発達との相関関係(因果関係ではありません)を調べた結果のみから、「学力を含めて、『子どもたちの生きる力』の全部を支えている『脳という器』が、朝ごはんのおかずの数が少ないと、発達していない」とまで言い切っています。

栄養学的な実験データからは「朝ごはんは主食に加えておかずがあった方がよい」「栄養調整食品だけの朝ごはんでも十分」の二つの結論が導けるにもかかわらず、「朝ごはんのおかずの数を増やそう」という主張のみを強調するのは、「朝からたくさんの種類のおかずが並ぶ食卓を用意する」という生活スタイルを好ましいと思われているからでしょう。
しかし、なぜ、そのような生活スタイルが好ましいかについての理由は示されないままです。

さすがに毎日、栄養調整食品だけの朝食をとるというのは飽きるでしょうし、実際にそうしようと思うご家庭も少ないでしょう。
でも、「疲れていて忙しい朝は、栄養調整食品だけでもおなかにいれておけば大丈夫。罪悪感を持つ必要はありませんよ」というメッセージがあれば、毎朝食卓を準備する人たちの気持ちがどれほど楽になるでしょうか。
気持ちを楽にしながら、できるときにできるだけ、メニューも心も豊かになるような食卓を整えることができるようになれば、これほどいいことはないと思います

陰山先生や川島先生には、せっかくデータをもとに発信されるのであれば、「朝ごはんのおかずの数が少ないのはダメだ」というメッセージばかりを発して、食卓を準備する人たちにプレッシャーを与えるのではなく、気楽に取り組めるような、思いやりある発信をしていただけると嬉しいな……と、これは気弱い母であるところの私からのお願いです。

さて、「早寝早起き朝ごはん」は国民運動として、文科省をはじめとする省庁や学校等で推進されています*2。陰山先生も、「早寝早起き朝ごはん」全国協議会の役員でいらっしゃいます*3

規則正しく、しっかりした食事をとることができる生活は、とても素晴らしいと思います。
一方で、国民ひとりひとりの生活のありようは多様であってよいはずです。

ところが、実際に「早寝早起き朝ごはん」運動にともなって強調されるのは、
「朝からたくさんの種類のおかずを用意すべし」
「好ましいのは米食」*4
といったように、特定の生活スタイルの良さばかりです。

プロパガンダとまでは言いませんが、それこそ国を挙げて特定の考えや行動に導くような主張が繰り返されるにもかかわらず、なぜその特定の考えや行動を推奨するのかについての意図や根拠があいまいにされたままでいるのは、決して好ましいこととはいえません。

特に川島先生は、先に引用した『すこやか情報便 特集号』にまとめられている講演の中で、「朝ごはんさえ食べればいいレベルの『早寝早起き朝ごはん』運動は不完全なもの」「『内容のある朝ごはんをしっかりと食べよう』というメッセージを出さないとたいへんなことになる」とおっしゃって、以下のような行動を勧めています。

この良い方法として皆さんの口こみネットワークに期待しています。地域のスーパーなどで「朝ごはんをキチンと食べない子はバカになるんだって !」と独り言や噂話のように簡単なメッセージを何回もくり返して発信していただく、これが一番効果的です。「バカになる」という言葉は問題がありますが、「賢くならない」ではインパクトがありません。

子どもたちのためを思う川島先生の情熱は理解しますが、さすがにこれは行き過ぎではないでしょうか。

遠回りでも、インパクトがなくても、睡眠をしっかりとれる環境作り(仕事上も通学・通塾上も)をし、心のゆとりを生み出し、食べることの楽しさを実感していくことで、私たちひとりひとりが、それぞれのライフスタイルと好みに応じて、健康で豊かな生活を送ることができるようにしていけたらいいと私は考えています。