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医療関連発明に関する議論

 少し前のことだが、

 手術・投薬方法を特許に 政府検討、法改正の柱に

政府は先端医療の競争力強化に向け、診断や治療などの「手法」も特許として認める方向で検討に入った。

 というニュースが3月17日の日経新聞夕刊に出て、知財関係の人たちが仰天した。

 その後の動きを追っていなかったのだが、今日のニュースでは

 薬の飲み方も特許認定、政府が審査基準を改定へ

政府が6月中旬にまとめる「知的財産推進計画2009」に、薬の服用法を新たに特許として認める方針が盛り込まれることが、わかった。

 ということになっている。

 ……あれれ? 手術法は? 治療法は? 法改正は?

 私の専門分野の実務に関わることなので、非常に気になる。

 この問題を検討している政府の委員会である先端医療特許検討委員会の議事録が公開されているので、議論の推移を順に追ってみたところ、どうやら3月17日のニュースは日経新聞の勇み足だったことがわかった。

 3月17日のニュース直前の会議では、そんな決定はまったくされていないし、ニュース直後の会議では、委員長がニュースを読んでびっくりしたと述べている。

 今回まとめられる提言のポイントは、

・医薬では「用法・用量」も込みで“物の発明”として特許を認める

・最終的な診断を補助するための人体のデータ収集方法の発明も、特許対象として認める

・iPS細胞等、細胞や細胞由来製品の発明について、審査基準を明確化する

 というもののようだ。だから、「薬の飲み方」「服用法」を特許対象にする、というような報道は不正確である。「方法」を特許にはしない。

 この提言をもとに、特許庁の審査基準室が改定案を作成し、パブリックコメントを募集し、それをもとに審査基準が改定される、という流れになるだろう。

 以下に、各会議のまとめ(特に治療法等に関する部分)を。半ば以上、自分のために論点を抽出していますが、興味のある方のご参考になれば。

第一回(平成20年11月25日)

 この会議では、医療分野の特許保護のあり方について一般的な討議が行われている。「人間を手術、治療又は診断する方法」を産業上利用可能な発明として認めるかどうかも、問題としてあげられている。

第二回(平成20年12月22日)

 この会議では、医療の現場で、手術法・治療法も含めた広範な権利保護を望む医師の方々が参考人として呼ばれている。

 再生医療に関わる臨床、基礎研究、医薬の各分野の先生方が、それぞれ非常に重要な指摘をされている(越智光夫広島大学病院病院長、岡野栄之慶應義塾大学医学部教授、岡野光夫東京女子医科大学先端生命医科学研究所所長・教授)。

 ここでは、医療行為に特許を認めることでどのような利点があるか、ということが議論の中心になっている。主張されているインセンティブは、大きく分けて次の2つ:

1.いつも同じように多くの患者を効果的に治すために、医療の分野に工学的技術を導入できるインセンティブ

2.非常に効果的だが、開発が困難で費用のかかる治療法の研究開発に対するインセンティブ

 たとえば岡野光夫教授は、「テクノロジーとセラピーが一体になるような医工連携、これを促進するためにも、正常に投資が行われる社会にしていかなければいけない。そのためには、産業を動かして、医療にテクノロジーが入り込めるよう促進すべきで、特許はその刺激剤のひとつとして有効」と述べている。

 また、岡野栄之教授は、「難病に対する先端医療が一般医療になるためには、産業が必要。その産業に対するインセンティブがないと成り立たない」と述べている。

第三回(平成21年1月26日)

 この会議では、まず、片倉委員(テルモ株式会社)より、「1.医師の医療行為を阻害しない、2.患者に治療の均等な機会を与える、3.企業の既得権を犯さない(間接侵害を排除)」という考え方に基づいた議論が提示されている。片倉委員は、処方に関わる発明(移植のタイミング等)に特許を付与することには産業上のインパクトはあまりないだろうとしている。

 また、渡辺委員(アステラス製薬)は、細胞医薬、臓器医薬と「個の医療」の要素が高まるにつれ、医薬の使い方が重要になってくると指摘。それを実用化するための研究開発のインセンティブとして、特許は重要であると述べている。低分子医薬でも、投与法の工夫で副作用を減らすことができるという事例も紹介されている。

 参考人として招かれている特許庁審査基準室長の田村氏は、「投与方法に特徴のある発明について、現在の医薬用途発明の延長で特許するのは難しい。従来のやり方とは違ったやり方で、医療方法に特徴のある発明も特許してかまわないという示唆がないと、特許庁は動けない」と発言。

第四回(平成21年2月16日)

 この会議では、そろそろ発散しかけている論点が最初に整理されている。つまり、

1.現行の審査基準において「医療方法」とみなされている個別の技術について、「医療方法」ではない方法の発明とみなす

2.「医療方法」に特許保護を認めないという基本的な考え方を変更して、「医療方法」についての特許保護を認める

 のどちらでコンセンサスを得るか、の2つに論点が大きく絞られた。

 次に、石埜弁理士から、本来方法の発明であるものを、物の発明としてクレームすることで、権利が弱くなるといった問題が紹介された。また、清水義憲弁理士からは、用途限定発明で権利を取得することの難しさが訴えられた。

 医療行為に特許を認めることに反対の立場を取る日医総研の澤研究部長は、WMAの医療特許に関する声明を引用して、「患者さんがよくなるということ自体が医師の最大のインセンティブで、産業や経済的なものは余り関係がない。むしろ医師というものは新しい技術をパテントに囲い込むよりも、多くの技術が同僚や部下に普及していくことがうれしい」「同じ医療行為などというものはあり得なくて、だれが行為をするのかということ、だれに対してかということで、再現性のある行為ではない」と指摘され、間接侵害の問題、医療特許が産業にもたらす利点への疑念等を述べられている。

 この会議で、なんとなく医療方法特許いらないんじゃない?的な流れが見えてきた感じ。

第五回(平成21年3月2日)

 この会議では、用法・用量に特徴のある医薬を特許にすることが主な焦点になっている。

 小泉直樹委員(慶應義塾大学大学院法務研究科教授/TMI 総合法律事

務所弁護士)から、医薬の発明は使用法に特徴がある場合であっても物として権利を取るべきであるとの指摘。「医薬品というもの自体が元々用法とか用量とセットで意味を持っているということは、薬事法上明示されている。仮に方法で特許を取ったとしても、使うのは患者さんであり、これは業として実施されていないので、やはり物として取った方がよいだろう」という主張。

 小泉委員はさらに、お医者さまの裁量に影響を与える恐れについては、「例えば、お医者さんが35mgの薬を処方されても、処方するということは患者さんが薬を買えるようになるということだから、物の発明を実施したことにはならない」ため、用法を物として特許しても抵触はしないと指摘。

 本田麻由美委員(読売新聞)からは、同じ医薬で用法・用量の違いで新たに特許が認められると、なかなか薬の価格が下がらずに患者に負担がかかるのではないか、という指摘。(これについては、次の会議で、元の薬の値段は上がらないので問題ない。費用対効果と考えてほしい、とのフォローがあった)

 この会議と次の会議の間で、冒頭のニュースが紹介されたわけだが、ここまで読んだ感想では、ここでは既に一般的な治療法を特許にする話は立ち消えになりかけている印象。

第六回(平成21年4月3日)

 この会議の冒頭で、金澤委員長が「3月17日の朝ですが、某新聞をご覧になってびっくりされた方も多いと思います。私もびっくりいたしましたが、あたかも結論が出たかのようなことを書かれまして大変奇妙な気持ちになりました。」と述べている。ここで、あのニュースは日経新聞の勇み足だったことが明らかに。

 それはそれとして、片倉委員(テルモ株式会社)からは、画像診断を例にとって、診断装置をクレームするとき、構成要件に人体に対する作用を含まないように記述するのが難しいという事例が紹介された。

 また、渡辺委員(アステラス製薬)からは、用法・用量に特徴のある医薬(新用法・用量医薬)に特許を認めることに関する論点が紹介された。

 さらに、林委員(永代総合法律事務所弁護士)より、「人間を手術・治療又は診断する方法」を方法の発明として保護するには、現時点での政策判断を変更する必要があるが、変更するほどの国民のコンセンサスは取れていないようだとの指摘。

 そして、佐藤委員(特許業務法人創成国際特許事務所所長)から、「どこまで産業上利用できる発明として認めるかという点については、裁判所も医療行為の発明も基本的には産業上利用できると解することはできるとしている。ただし、医療行為という特別な保護対象であるがゆえに、十分に配慮した形で保護すべきだと言っている。そういう意味では、こういう医薬の用量・用法の発明を特許対象とするという国民的なコンセンサスがあれば、それは保護対象とされるべきだ」との発言。

 また、機械や器具の使用方法については特許を認める実利はほとんどなく、弊害が大きいというコンセンサスが会議を通じてとれている。

 診断を補助するための人体のデータ収集方法の発明(診断機器等)については、林委員が「医師による医療行為でないことは明らかなので、特許対象の拡大というより、むしろ明確化というか、審査基準の診断方法の解釈として、このようなデータ収集方法は含まれなくて特許対象になるということを審査基準に明記すべきではないか」と指摘。

第七回(平成21年4月24日)

 この会議では、これまでの検討内容を踏まえて、審査基準の改訂を求める提言を盛り込んだ報告書の具体的な内容を詰めている。

 その骨子は

1.再生医療に深く関わる細胞や細胞由来製品等の発明について、審査基準の明確化を求める。

2.新用法・用量医薬に加え、最終的な診断を補助するための人体のデータ収集方法の発明も新たな特許対象とすることを求める。

3.研究者等に対する先端医療特許取得への十分な支援の必要性を訴える。

 というものになっている。