6月 192014
 

 東京都議会で、塩村文夏議員が女性の妊娠・出産を巡る都の支援体制についての質問をしていた際に、「早く結婚しろよ」「子供もいないのに」などのヤジを受けたそうである。

都議会:セクハラやじ 女性議員に「早く結婚しろ」 – 毎日新聞

 複数の議員がこのヤジを聞いていたようで、音喜多駿議員上田令子議員などが抗議の声を上げている。

 しかし、上記毎日新聞の記事によれば、議会運営委員会の吉原修委員長は「聞いていない」とした上で、「(各)会派の中で品位のない発言をしないよう確認すればいいのでは」と述べるにとどまったとのことだ。そして、今現在(2014年6月19日昼)、都議会の議長からも都知事からも何ら声明が出ていない。

 問題となっているヤジは、疑いようもなくひどいセクシュアル・ハラスメントであり、人間性への侮辱である。このような発言をした議員は即座に塩村議員に謝罪すべきであるし、このような発言がされるがままの議会運営を許した議長、議運もまた、同様に謝罪すべきであろう。

 言うまでもないが、塩村議員の質問は、妊娠・出産に関して悩みを抱く都民の意見を代弁したものである。
 つまり、今回の下劣極まりないヤジは、未婚、既婚、子供のあるなしを問わず、妊娠・出産に関して悩みを抱く都民を侮辱するものだ。
 都民を代表する議員が集まる場所で、このような発言がなされ、看過されるがままの状態となっていることは、とうてい容認できるものではない。
 議長および議運から、速やかな釈明と謝罪がなされることを、一都民として要求したい。

 なお、音喜多議員のブログによれば、問題の発言があったとき、一部の議員から笑いが起こり、都知事も笑ったように見えたとのことである。
 それが事実だとすれば、このような発言を笑って見過ごしてよいと考えた一部議員や都知事の倫理観を疑わざるを得ない。都議会および都知事の信用にも関わることだから、この点についても迅速な釈明がなされるべきだろう。

 今回のニュースに関するインターネット上の反応をざっと見わたすと、男女問わず件の発言を厳しく批判する声が圧倒的に多い。
 少し昔であれば、「この程度のヤジに耐えられなくてどうする」「これだから女性は」といった声の勢いが強かったかもしれない。実際、議会内ではそういう雰囲気が優勢なのだろうと推察される。
 しかし、最近の民間組織においては、少なくともある程度の数の人が集まる場所で、無邪気に他人を侮辱するような発言をしたり、それに同調したりすることが容認される雰囲気はかなり薄れているように思う。
 特にそれなりの規模の組織であれば、セクシュアルハラスメントを初めとする人権侵害については細心の注意が払われているはずだ。
 「オトコならわかるよな?」といった目配せとともに差別意識の共有を強要することも、最近は難しくなっているのではないだろうか。

 しかし、都議会のコンプライアンス意識は、高まりつつある民間のそれとは相当に乖離しているように見える。

 各個人のホンネの部分でまで差別的な考えを持つなとまでは言わないし、言うことはできない。なぜなら、それは内心の自由の範疇にあるからだ。
 しかし、その考えをいったん口に出せば、他人を侮辱し、傷つける可能性が必ずある。
 今回のヤジを飛ばした議員に対しては、他人がいる場所では、差別的・侮辱的な発言を聞きたくない人がいることに配慮して黙っている、程度のタテマエは守れる大人になってほしいと思う。
 また、今回の発言を容認した議員たちには、せめて、このような発言が都民にどう受け止められるかについて即座に予想し、対処しうるだけのリスク意識をもってほしいと思う。

4月 232014
 

消費税増税前の3月末、なんとか仕事にメドをつけ、ぽかぽか陽気の鴨川へ、ふらっと家族旅行に行ってきました。

 世間の皆さまが職場でお昼休みの間、海ほたるから見渡す海はなんと美しい。
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 宿泊先は、鴨川シーワールドに隣接するオフィシャルホテル「鴨川シーワールドホテル」。
 宿泊者は当日と翌日の分の入場パスがもらえて、専用ゲートから自由にシーワールド園内に出入りできます。
 
 シャチ、どどーん!(追記:大嘘です。イルカです)
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 ざっぶーん!
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 最近できた新しい施設・トロピカルアイランドでは、自分でデザインした魚を、コンピュータグラフィックスの水槽の中に放して遊ぶこともできます。
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 シーワールドホテルに泊まると、もうひとついいこと。
 それは、閉園後の夜の水族館を探検できることです。

 夜のシャチ。
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 うつらうつらするペンギン
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 探検を終えると、参加証明書がもらえます。君も博士(シーワールドプチ)だ!
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 食事も設備も、子連れにとても優しいホテルなので、小さいお子さん連れでも安心だと思います。

 さて翌日はいちご狩り。
 「えー! これぜんぶ食べていいの?」
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 もちろん、もちろん。でも、けっこうおなかいっぱいになるんですよね。
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 甘い香りで、おなかも心もいっぱいになりました。

4月 222014
 

STAP細胞の話題に関連して、東京大学の伊東乾先生が、以下のようなツイートをしていらっしゃいました。



 伊東先生が気になっていらっしゃるのは、今話題のSTAP細胞と特許の問題、特に、小保方博士が「現在開発中の効率の良いSTAP細胞作製の酸処理溶液のレシピや実験手順につきましては、所属機関の知的財産であることや特許等の事情もあり、現時点では私個人からすべてを公表できないことをご理解いただきたく存じます」とお話になっていたことについてかと思います。

 STAP細胞と特許というのは、弁理士である私にとっても非常に興味深いテーマです。また、多くの方の関心も集めているようです。
 そこで、伊東先生のツイートをきっかけに、このエントリを書き始めました。

 このテーマに関しては、既に栗原潔先生がいくつか記事を書いていらっしゃいます。
 特許の問題でSTAP細胞作成のコツを公表できないということがあり得るのか
 小保方さんのラボノートについて
 小保方さんは特許出願を急いでいたのか?
 STAP細胞の特許はどうなってしまうのか?
 【小ネタ】小保方晴子さんのSTAP細胞の特許出願が公開されています

 これだけ充実した解説がある上に、屋上屋を架すようで恐縮ですが、私も少し考えてみたいと思います。

STAP細胞に関する学術論文の発表と特許出願の経緯

 まず、少し、経緯を振り返ってみましょう。

 STAP細胞の発見については2014年1月30日にNatureに学術論文が2報掲載され、大ニュースとなりました。このことは、まだ記憶に新しいと思います。

 一方、Natureに論文が掲載される前である2013年4月24日に、STAP細胞の発明について、既に特許の国際出願がされています。この国際出願の内容は、2013年10月31日に公開されているので、誰でも読むことができます(たとえばここ)。ちなみに、筆頭発明者は小保方博士ではなく、バカンティ氏となっています。

 国際出願について実際に特許権を得るためには、特許権を得たいと思う国ごとに「国内移行」という手続を行って、審査を経て許可される必要があります。小保方博士らの国際出願に係る発明については、まだどこの国でも権利化はされていないようです。

 なお、この国際出願のさらに前に、米国において基礎となる発明についての特許出願が2つされていて、国際出願はそれらの米国出願について優先権を主張するものですが、この点については、今は忘れてかまいません。

特許権の取得の手続が障害となって、STAP細胞を作製するためのコツを公開できないということがあるのか?

 さて、本題に入りましょう。

 「特許の問題があるから、STAP細胞を作製するためのコツは今は公開できない」ということがありうるのでしょうか。

 この問題についての答えは、そのコツが、国際出願の特許明細書(発明の内容を詳しく説明した書類)に記載されているものであるかどうかで、変わってくると思います。

 以下、ご説明します。

「STAP細胞を作製するためのコツ」が、国際出願の特許明細書に記載されているものである場合

 この場合、再現実験のためにそのコツを改めて説明しても、特許権の取得の障害となることはないと考えます。

 よく知られているように、特許の出願前に既にその発明が知られていた場合(「新規性がない」)や、既に知られていた方法に基づいて、誰でも簡単にその発明を思いつけるようなものであった場合(「進歩性がない」)は、出願に係る発明の特許性は否定され、特許権を得ることはできません。
 でも、今回の場合、小保方博士らは既に国際出願を済ませています。ですから、その出願の特許明細書に記載された内容に基づいてコツを説明したからといって、その説明によって、出願に係る発明の新規性や進歩性が否定されるということはありません。

 ただし、「STAP細胞を作製するためには必ず行わなければならない工程や条件がある」ことが「STAP細胞を作製するためのコツ」であるような場合は、それを明らかにするような発表をすることによって、得られる特許権の範囲が狭くなる可能性があります。

 特許権とは、発明の内容を誰でも実施できるように公開してあげる代わり、一定の期間だけ、その発明を自分(または自分が許可した者)だけが実施することができる権利です。
 ですから、特許出願するときの書類(特許明細書)には、発明の内容を誰でも実施できるように書いておく必要がありますし、特許権も、その書類に基づいて誰でも実施できることが確からしい範囲にしか与えられません。

 それでは、小保方博士らの国際出願は、どのような発明について特許権を得ようとするものでしょうか。それを知るためには、出願書類の中でも、クレーム(Claims、特許請求の範囲)というところを見ます。
 クレーム1には、「A method to generate a pluripotent cell, comprising subjecting a cell to a stress」(細胞をストレスに曝すことを含む、多能性細胞を生成する方法)と記載されています。まさにSTAP細胞のアイディアそのもので、かなり広い範囲の発明ですね。

 しかし、仮に、多能性細胞を生成するためには特定の工程や条件が必要であり、そのような工程や条件を欠く方法では多能性細胞をつくることができないということが示された場合は、その工程や条件を含む方法に限定しなければ、特許権が与えられない可能性もあります。

 さて、そう考えると「STAP細胞を作製するためのコツ」の中に、必ず行わなければならない工程や条件が含まれている場合は、そのことを隠しておく必要があるのではないか、と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

 しかし、先に述べたとおり、特許権は本来、特許明細書に基づいて誰でも実施できることが確かな範囲にしか与えられないものですし、それに反して与えられた特許は無効にされるべきものとされています(日本以外の国でもだいたいそうです)。
 ですから、なんとかうまくごまかして広い範囲で特許権を得たとしても、「その方法ではSTAP細胞をつくることができない」ことが誰かに示されてしまえば、特許は無効にされてしまうか、範囲を狭めなければならなくなるリスクがあるのです。
 また、詐欺の行為(審査官を欺いて虚偽の資料を提出し、特許要件を欠く発明について特許を受けた場合等)で特許権を得た場合、日本では刑事罰の対象ともなります。

 良心的な弁理士や弁護士であれば、そのようなリスクを敢えて負うように積極的に勧めることはしないと思います。
 また、小保方さんご自身も、そのようなリスクを理解した上であれば、「STAP細胞を作製するためのコツ」の中に、必ず行わなければならない工程や条件が含まれている場合であっても、広い範囲の特許権を得るためだけに、それを隠すというようなリスキーな判断はしないでしょう。
 無効にされるおそれのない、確実な発明の範囲について特許権を得る方が、安心して権利行使もできるはずだからです。
 
 以上述べてきたような理由から、小保方博士の言う「STAP細胞を作製するためのコツ」が、国際出願の特許明細書に記載されているものであれば、再現実験のためにそのコツを改めて説明しても、特許権の取得の障害となることはないだろう、と私は考えています。

「STAP細胞を作製するためのコツ」が、既にされている国際出願の特許明細書に記載されているものでない場合

 この場合、「STAP細胞を作製するためのコツ」の詳細な内容を公表することには慎重になっても不思議はありません。

 「STAP細胞を作製するためのコツ」が、既にされている国際出願の特許明細書に記載されているものでないとすれば、そのコツは、少なくとも新規性はある発明と考えてもよさそうです。
 そうであれば、そのコツに関する発明について、新しく別に特許の出願をすることを検討されていてもおかしくはありません。

 もっとも、STAP細胞の基本的なアイディアについて、既に特許の出願がされ、学術論文も公開されているため、それらの出願の公開公報や論文に記載された内容に基づいて、「STAP細胞を作製するためのコツ」は容易に思いつけるものである、として進歩性を否定されるおそれもあります。

 しかしながら、その「STAP細胞を作製するためのコツ」が、これまでSTAP細胞に関して公開されてきた内容からは到底思いつけないような画期的なものであったり、STAP細胞の作製効率を顕著に上昇させることができる等の効果を奏するものであるような場合は、進歩性があると主張することもできるでしょう。

 そう考えると、「STAP細胞を作製するためのコツ」が、既にされている国際出願の特許明細書に記載されているものでない場合は、そのコツに関する発明について、特許の出願を済ませるまでは公表を控える、という判断をされたとしても、特段おかしいとは言えないと思います。

 ここで、もう一度、小保方博士のコメントを見てみましょう。小保方博士は「現在開発中の効率の良いSTAP細胞作製の酸処理溶液のレシピや実験手順につきましては、所属機関の知的財産であることや特許等の事情もあり、現時点では私個人からすべてを公表できないことをご理解いただきたく存じます」とコメントされています。
 「現在開発中の効率のよい」レシピや実験手順は公表できないとおっしゃっていることから考えても、小保方博士が公表できないと述べられた「STAP細胞作製のコツ」とは、まだ公開されていない方法を意味している、と考えるのが自然ではないでしょうか。
 ただし、その前段落を読むと、これまで公表された方法で再現できないとは述べられていないのがわかります。
 非常によく練られたコメントだと思います。

補足

 ところで、伊東乾先生は、上記のツイートで「特許出願中の内容について論文公刊する企業も個人も研究所もない。特許まわりが済まないために苦労されている研究者が多い」とおっしゃっていますが、そのような心配はありません。

 特許出願「前」であれば、先ほど述べたように、公開した論文によって、特許出願に係る発明の新規性や進歩性が否定されるおそれがあります(救済措置がある国もありますが、ない国も多いので、アテにしないほうが無難です)。

 しかし、いったん特許出願してしまえば、その発明の内容については、審査を経て許可されるのを待たずに、学術論文を公開してかまわないのです。そのようにしている例は、企業でも大学等の研究所でも数多くあります(iPS細胞もそうですね)。また、企業の場合、「特許出願中は新製品を発表できない」ということになると、製品開発がとんでもなく遅くなってしまいますが、そんなことにはなっていませんね。

 もっとも、画期的な発明であるような発見をされた場合、学術論文の投稿準備と平行して、特許出願書類の準備も進めなければいけないので、研究者の皆さんは大変なご苦労をされているとお察しいたします。そのようなときこそ、ぜひ弁理士を活用していただければと思います。

4月 142014
 

スーパーヒーロータイム(日曜朝の特撮)

 もはやわが家では私くらいしか見ていないスーパーヒーロータイム。

 まずは『仮面ライダー鎧武』だ。
 フルーツのライダーって何だよ、うわホントにオレンジかぶって変身してるよ、とドン引きしながら見始めたものの、ずいぶんとおもしろいことになってきた。

 主人公ライダーには、怪人と化した友人をそれと知らずに殺していたという過去がある。そのことを後で知った主人公は、自分が戦う意味と目的について悩み苦しむ。
 また、主人公の後輩である美少年ライダーが、「愛する人の笑顔を守るため」という目的のために、権力に取り憑かれて闇に落ちていっているようなのだけど、彼はいったいどこへ行ってしまうのか。
 「強さとは結局、誰を守って誰を守らないかを決定できる力にすぎないのではないか」など、仮面ライダーシリーズらしいテーマを、えげつないまでにストレートに扱っているドラマだ。

 現実の世界を支配しようとしているユグドラシルという大組織だけでも得体が知れないのに、さらにその世界を侵略しつつある異世界・ヘルヘイムの森の全貌もまだ見えてはいないようで、目が離せない。

 物語全体を貫く「理由のない悪意」というモチーフは、感受性の強い子供たちにはトラウマものに怖いんじゃないかと思うのだけど、大人としてはこれがどう料理されていくのか、とても楽しみだ。

 今年の2月から始まった『烈車戦隊トッキュウジャー』もおもしろい。
 これも、マスクに線路ってなんだよ、ヒーローが変身する間は敵が白線の内側に下がるとか斬新すぎるわ、といささか引きながら見始めたものの、予想がいい方に裏切られた。

 戦隊シリーズらしく、一話一話、子供たちに身近な友情にまつわるエピソードが丁寧に盛り込まれている。愉快なイマジネーションで敵を倒す爽快感もすばらしい。

 しかし、主人公たちはみな過去の記憶を失ってしまっているという設定だ。そのためか、彼らが暮らすレインボーラインは夢のような列車でありながら、どこか不確かで不安な場所であるようにも見える。
 また、主人公たちをサポートする車掌さんやそのパペットの猿のチケット君は、必ずしも全面的に主人公たちの味方なわけではない。彼らは時に主人公たちに冷淡だし、遠慮なく諫めたり、毒舌をぶつけたりもする。少し喉にひっかかるような設定がうまく組み入れられているため、わかりやすく口当たりがいいだけではない、リアリティのある世界観がつくられている。

 悪役の造形が、前作のキョウリュウジャーにも増してよくできているし、主題歌も快活でおぼえやすく、前作同様かそれ以上に人気が出そうだな、と思って楽しみに見ている。

漫画とかアニメとか

 毎週読んでいるのは、週刊少年ジャンプとモーニング(電子版のDモーニング)。

 ジャンプの方は、うちの小学生も一緒に読んでいて、『ONE PIECE』『暗殺教室』『ワールドトリガー』がお気に入りの様子。

 『ONE PIECE』は、先週、ついに宿敵ドフラミンゴがキュロスに倒されたかに見えた。わが家では、家族でジャンプを回し読みしつつ、読んだ順に奇声を発する、という現象が起こった。
 しかし、ローとの因縁も解決しないままにあっさりドフラミンゴが退場するはずもなさそうである。また、エースの遺志を継ぐべきものとして、ルフィの幼なじみで兄貴分であるサボらしき人物が以前から出てきているものの、なかなか正式に正体が明かされないのも気になる。パンクハザード編以上に目が離せない展開となっている。そんな激動のドレスローザ編は、アニメ版で見ると、動きや色彩の魅力がプラスされてより楽しいと思った。

 『暗殺教室』は、先生を暗殺するのが生徒たちのミッション、という、お行儀のいい大人たちが眉を顰めそうなテーマでありながら、その実、学ぶとはどういうことか、教育とはなにか、という骨太な問題意識を織り交ぜた正統派ビルドゥングスロマンである。と、少なくとも私は思っている。
 小学校生活を一年間経験したおかげでぴんとくるようになったのか、子供が最近になってハマり出し、家にあるコミックスを最初から読み通していた。
 にしても、いつか殺せんせーが殺されてしまったらどうしよう。とりあえず完全防御形態の殺せんせービーチボールがほしいです。

 『ワールドトリガー』は、異世界からの侵略者と戦う少年少女たちの物語だが、世界観の大きさと、キャラクターひとりひとりの魅力が際立っていておもしろい。
 ちなみに、この漫画の登場人物たちは、体内に存在するトリオンというエネルギー物質のようなものを原動力として、トリガーという武器を使って戦う。しかし、トリオンの量は人それぞれであり、もともとの力が強い者と弱い者があらかじめ決まっている。いっぽう、持ち前のトリオンの量は多くても、身体能力がいまひとつ、という者もいる。しかし、自分に適したトリガーを選び、適切なポジションで戦う訓練を受ければ、自分の弱点を克服して成長していくことができる。これも単純な能力バトルにはないおもしろさだ。
 うちの子供はこの漫画が大好きで、早くアニメ化しないかと心待ちにしている。限定ぼんち揚げもしっかり食べた。

 『磯部磯兵衛』は、読み切りで登場したときに、衝撃と爆笑のあまり、ツイッターで大プッシュしてしまった。連載も回を重ねた今となっては、すっかり謎の安定感を見せており、嬉しいやら腹立たしいやら、複雑な気持ちではある。

 さて、モーニングは、電子版のDモーニングで読んでいる。「バガボンド」と「BILLY BAT」以外のすべての作品(たぶん)が、手持ちの電子端末(iPad等)に毎週配信されてきて、一ヶ月500円という格安のお値段。気に入った漫画のシーンを切り取って、ツイッターに投稿して感想を共有することもできる。

 モーニングにはお気に入りの漫画がたくさんあるけれど、子供に見せるには早いな、と思われるものもあるので、親だけが読むのに電子版はちょうどいい。
 ただし、『鬼灯の冷徹』はコミックス版を子供も読んでいる。もともと子供は水木しげるの妖怪大百科シリーズが大好きで、『鬼太郎の天国・地獄入門』を特に愛読していたためか、地獄の沙汰のあれやこれがおもしろく感じられるらしい。アニメ版も録画して全回視聴した。

 さて、謎のピアニストにして産科医である鴻鳥サクラ先生が活躍する医療漫画『コウノドリ』である。
 妊娠、出産にまつわるさまざまな問題を正面から取り上げるというのは、大変勇気のいる挑戦だったと思う。しかし、産む性である私が読んでも、まったく違和感や反感をおぼえない(涙は出るし、リアルすぎてつらいという回はあった)。医療関係者の方々の感想をツイッターなどで見ても、皆さん絶賛されている。
 作者である鈴ノ木ユウ先生のお人柄なのだと思うが、各シリーズはまったく救いのない結末にはならない。
 私はもう子供を産むことはないと思うけれど、生命と健康に関することはいつも興味の中心にある。これからも読み続けるだろうと思う。

 読み切りで大ファンになった『ハルロック』がついに連載になって、とても嬉しい。
 電子工作や発明が大好きな女子大生が主人公で、彼女を取り巻く個性的な人々との不思議エピソードの数々。リケジョだとかそんなチャチなもんじゃなく、もっと……こう……いわく言い難いものの片鱗を味わえる。

 ほかにも語りたい漫画はたくさんあるものの、だいぶだらだらと書いてきたので、ひとまずこのへんで。

4月 112014
 

 理想を思い描いてそれを叶えようと努力していくことは、よくある人間の営みのひとつにすぎない。
 けれど、それは決して簡単な作業ではないし、理想を高く保てば保つほど、陥りやすい危険もたくさんあるのだな、と当たり前のようなことを改めて考えた一週間だった。

 研究の世界に身を置いていたときのことを思い出すと、「こんなことがわかるようになったらどんなにすばらしいだろう」という理想と、その理想を叶えるためにはあまりに未熟で非力な自分との間でいらだち、のたうち回るような日々だった。

 そのころは、「研究者になりたい(できればアカデミックな世界で)」という強い願いをもっていたけれど、私が思い描いたようなすばらしい研究者になるためには、私にはあまりにも多くのものが欠けていたと思う。
 でも、当時、そんな自分をきちんと正面から見つめることができていたかと言えば、到底そんなことはなかった。自分には知識もセンスも考察力も足りないし、それらを身につけるための根性も粘り強さも足りないのだ、ということから目を背けようとしてばかりいたような気がする。

 研究が好きで、ある程度は得意だと思っていたからこそ、高い理想を具体的に思い描くことができた。でも、それだけに、現実との大きなギャップをこつこつと埋めていく作業がつらかったのだと今にして思う。

 その後、紆余曲折を経て、知財業界に身をおくことになった。この、まったく経験のない分野の仕事に一から挑戦するという経験が、私にとってはとてもよかったと思う(そのかわり、上司や先輩方には大変なご苦労をかけてきた)。

 弁理士の資格を取るまでの数年間は、事務所外の方と接することもほとんどないまま、ただ黙々と勉強と所内の仕事に励む毎日で、まったくの下積み生活。法律についても実務についてもまったくわからなかったため、理想と現実とのギャップを意識するヒマさえないまま、がむしゃらに教えを請い、勉強し、仕事をするしかなかった。その過程で、理想に近づいていくことを阻むような自尊心(虚栄心?)の壁が、ちょうどいい具合に突き崩されていったような気がする。

 最近、ようやく自分で仕事ができるようになってきて、研究者としての経験も、少し違った形でどうにか生かしていけるようになり、自信と喜びを感じるようになってきている。でも、だからこそ、以前のような陥穽に落ちないようにしなければならないと思う。

 高い理想をもたなければ、いい仕事はできないし、人間としての成長もない。常に現実の自分を正面から見つめる勇気と正直さをもっていたいし、その上でこつこつと理想に近づいていくためのしんぼう強さとしたたかさをもっていたい。
 そんな当たり前のことを納得するのが、ずいぶん遅くなってしまった。

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