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ベルマークをなくしさえすればPTA活動はラクになるか

育児

PTAのムダや非効率性を指摘するときに、必ずと言っていいほどやり玉に挙げられるベルマーク活動。

たとえばこの記事でも、

仕事量が多いことや、手間がかかるわりに成果が小さい活動が多いことも、働く親にとって負担と感じられます(例・ベルマーク活動)

PTAは働く親の負担? なぜ、なかなか「任意」にならないのか(大塚玲子) - 個人 - Yahoo!ニュース

として紹介されていますね。
その割に、ベルマーク活動はなかなかPTAの活動からなくなる気配を見せません。

ベルマーク活動をやめようという議題を持ち出すと、「それをすてるなんて とんでもない」という反応が返ってきて、とても話にならなかった、なんて話はよく聞きます。

ベルマーク活動は、私自身まったくやる気が起きない活動なので、「ベルマークむだ~」「ベルマークやだ~」「ベルマークもうやめよう~」という気持ちはとってもよくわかります。
それでは、ベルマーク活動を廃止しさえすれば、PTA活動はラクになるのでしょうか。

実はそうとも限らないのではないか。
もっと根本的なところをどうにかしなければ、ベルマークだけやめても結局のところ大変さは変わらないのではないか。
根本的なところをどうにかできれば、実は、ベルマークを残したい人がいるなら残してもいいのではないか。

というのが、この記事の趣旨です。

まず大前提として、みんな違う「PTA」について話をしていると考えよう。そして「ベルマーク」の位置づけについて

PTAの構成はさまざま

PTAのあり方は学校によって本当にさまざまです。ここを理解していないと、自分の学校を基準に問題点を提起したり、解決法を提案したりしても、別の学校では「???」となってしまうことも……。

たとえば「PTA役員」と聞いて、皆さんはどのような役割を思い浮かべますか?
この「PTA役員」という言葉が指す役割。実は、学校によってけっこうバラバラなんです。

PTA(Parent-Teacher Association)のうち保護者の役割は、おおむね、
・PTA活動全体をまとめる「本部」(いわゆるPTA会長、副会長、書記、会計)、
・個別の学校行事や安全活動等を担う「委員会(係)」、そして
・各クラスの保護者をまとめる「クラス代表」、
のような形で分担されているところが多いと思います。

たとえば、本部のメンバーだけを「役員」と呼ぶ学校があります。
別の学校では、本部のメンバーは「本部役員」と呼び、その他委員会(係)やクラス代表などの何らかの役割を果たしているメンバーを単に「役員(平の役員)」と呼んだりします。
さらに、本部のメンバーは「本部役員」、クラス代表を「役員(クラス役員)」と呼び、その他の役割のメンバーには特に名前がつかない、なんて学校もあります。
ほかにももちろんいろいろ。

4月ごろにしばしば話題になる「PTAの役員決めがゆううつ……」というような文脈で言われる「PTA役員」は、だいたいが、「委員会(係)」や、「クラス代表」のことを指していると思って間違いないでしょう。
そして、ベルマーク活動はこの「委員会(係)」の仕事として位置づけられていることが多いです。*1

このように、「PTA役員」という言葉の意味すらまちまちなので、「PTAの役員はさー……」という話になったときに、「どの役割のことを言っているのか」を確認しないで話を進めていくと、あっというまに食い違いが生じたりします。

役割の振り方もさまざま

そのうえ、保護者たちに役割をどのように振り当てていくかについても、学校によってさまざまです。

子供が在校中に、1回から数回、何らかの役割を果たせばそれでよいとされる(つまり、何の役もしなくてよい年が、少なくとも1年はある)学校。
とにかく「一人(一家庭)一役」で、子供が在校中はずっと何らかの役をしなくてはいけない学校。
前者と後者とでは、クローズアップされる問題の種類がおのずと違ってきます。

このように、話が具体的になってくるほど、個別の学校やPTAの事情に依存してくることが増えてくるわけです。

ただ、なかなかラクにならないPTAに共通していることが、おそらくひとつあります。
それは「みんなに平等に苦労を割り振ろう」という考え方です。

ベルマーク論争はなぜ燃えるのか

前置きが長くなりましたが、ようやく本題です。

ベルマーク活動が、手間の割に得られる収入はわずかで、きわめて非効率的な活動だ、ということについては、おそらく皆さんの認識が一致するところでしょう。
それなのに、「ベルマーク活動もうやめよう」派と、「ベルマーク活動あってもいいんじゃない」派がいるというこの状況。いったいどういうことなのでしょうか。

ベルマークやめたい人とベルマーク残してもいい人、それぞれの言い分

「ベルマーク活動もうやめよう」派の人たちの言い分は、
・ベルマーク回収と整理のためにわざわざ仕事を休むくらいであれば、そのぶんお金を寄付したほうがいい
・IT化する等、もっと効率的なやり方はないのか
といったものが多いようです。

「ベルマーク活動あってもいいんじゃない」派の人たちの言い分は、
・ベルマークの作業が好きだし、さほど負担にも感じないので、あってもいいと思う
・少ないとはいえ、ベルマークの収入で、学校の備品等を買うことができるので、子供たちのためにもなっている
といったものが多そうです。

どちらも説得力があると思いますが、「まああってもいいんじゃない」という人がいるのに、「やめよう」と言うのは、かなり強い主張です。ベルマーク活動をやりたいと思う人たちの選択肢を狭めるからです。

ベルマーク、ほんとうにやめないといけない?

それでも「ベルマークやめよう」と言わざるを得ない人たちが抱えている問題は、おそらく「ベルマーク活動の非効率性」そのものにあるのではないでしょう。
問題のおおもとは、「非効率でやる気が起きない仕事をむりやりやらされる」というところにあるのではないでしょうか。

やる気が起きない仕事であれば、その仕事をやらないという選択をすればいいだけのことです。
ところが、今のPTAの多くでは、そのような選択ができない状況になっている。そのことが問題なのだと私は思っています。

一人一役制のPTAでは、そもそも、「何のPTA仕事もしない」という選択そのものができません。
一人一役制でないPTAでも、何かしらのPTA仕事をしなければいけない年が必ずあります。
そういうとき、ベルマーク活動以外のPTA仕事は、実際の負担が重すぎてできない(たとえ興味がある仕事であっても)、という人はたくさんいます。
そこで、「負担が重い仕事は免除してもらうかわりに、『せめて』ベルマーク活動を……」というように、いわば「比較的ラクな仕事の受け皿」としてベルマーク活動が存続しているPTAがたくさんあるのです。

そして生じるのが、負担の重い仕事をしている保護者の「せっかくラクな仕事で済んでいるのに文句を言うなんて……」という思いと、やりたくもないベルマーク活動をやっている保護者からの「やりたくもないことをやらされるなんて……」という思いのぶつかり合い。

これすべて、「みんなに平等に苦労を割り振ろう」という考え方が元凶です。

「ベルマークやめよう」だけではおさまらない問題がある

「みんなに平等に苦労を割り振ろう」という考え方が支配している。こんなところに、「お金払うからベルマークやりたくない」「ベルマークそのものをやめよう」と言い出したらどうなるでしょう。
「お金を払える人だけが苦労から逃れるなんでズルい」「ベルマークやめてもいいけど、それならほかの仕事をつくらないと『不公平』」といった反論が返ってくることは、目に見えています。

繰り返しになりますが、「みんなに平等に苦労を割り振ろう」という考え方がダメなわけです。
だから、「みんながラクになる」方向で解決していかないと、ベルマークにまつわるゆううつな諸問題は、別の問題へと姿を変えて噴出し続けることでしょう。

「お金を払ってベルマーク活動を免除してもらう」「ベルマーク活動そのものをやめる」というのは、みんながラクになるのではなく、今ベルマーク活動をやっている人だけがラクになる方向だと受け止められかねません。
このような主張を続けていても、多くの人たちの反感を買いこそすれ、理解を得られることは少ないのではないでしょうか。

このあたりが、ベルマーク論争が燃える理由なのかなと思っています。*2

ベルマークがあってもなくても、ラクなPTA活動にしたい

それではどうやったら「みんながラクになる」PTAにできるのでしょうか。

どれほど考えても、最終的には「やりたい人が、やりたいことを、できるときにやる」完全ボランティア式にするということ以外、解決策はないように思います。
もっとも、実際にそれを実現するためにクリアしていくべきことを考えると、気が遠くなります。

学校の中だけでは解決できない問題がある

PTA活動は、学校内だけで閉じた活動ではありません。
今は、文科省からも「教育における学校、家庭、地域の連携」という方針が強く打ち出されている時代です(第4章 学校・家庭・地域社会の連携:文部科学省)。
PTA活動というのは、多くの人が思っている以上に地域(他校も含む)や自治体(教育委員会)等とのつながりが深いのです。
特に「地域の教育力」を期待された事業については、自治体から補助金が下りてくることもあって、無償ではどうかと思うくらいの責任と事務作業を負担しているPTAも多いと聞きます。

このような状況で、ある日いきなり「これから、当校PTAは完全ボランティア式にしま~す」と言い出すわけにはとてもいかないでしょう。
学校内で合意を取った上に、これまで築いてきた地域や自治体との関係を損なうおそれがないことを、外部に対して示して説得していくという、かなり周到な準備が必要になりそうです。近隣他校と連携して同時に改革、という形にする必要が出てくるかもしれません。

重い役割を担う人材を確保できるか

また、完全ボランティア式にした場合、いちばん大変なのは、ボランティア・センター的な役割を担うことになる人たちでしょう。
そういう役割を担ってもいいよ、という人がどれくらい継続的に出てくる見込みがあるのか、ということについて、不安を言い出す人も出てきそうです。
このことについても各学校の事情によるところは大きいでしょうが、ある程度の割りきりと楽観性で臨むしかないのかな、と思います。
つまり、「ボランティア・センターの構成員が少ないときは、それにあわせた規模の活動しかしない(できない)」と割り切り、「ある程度うまく、楽しく活動が回り出せば、ボランティア・センターをやってもいいと思う人も増えるに違いない」と楽観的に構える、というような具合です。

もしかすると、将来的には、ある程度重い役割を担う人たちには一定の報酬を、という方向での検討も必要になってくるかもしれません。

ボランティア式の成功例にも学ぼう

ここで勇気づけられるのが、実際にPTAをボランティア式にした嶺町小学校PTOの例です。
cybozushiki.cybozu.co.jp

先日、この改革を成し遂げた嶺町小PTOの元団長、山本浩資さんのお話を聞く機会がありました。
そのお話の内容は、もし今、強制参加PTAで悩んでいるところであれば、不安や越えるべきハードルがどれほどたくさんあったとしても、「とりあえずなんとか、完全ボランティア式の『お試し』だけはやってみたい」と思わせられるものでした。

このような成功した例にも学びつつ、焦らず、じっくりと、そして何よりも「子供たちのため」ということを忘れず、自分の学校と地域の実情に合ったPTAを目指していけたら、どんなにいいでしょうか。

嶺町小PTOでは結局、ベルマーク活動は存続していると聞きます。
「やりたいことをやれる」「やりたくないことはやらなくてもいい」PTAであれば、ベルマーク活動をやるかやらないか、はもはや燃えるような問題ではないのかもしれません。

*1:本部役員は、前年度中に次年度の候補が決まり、前年度末のPTA総会で次年度の本部役員が承認され、年度初めから活動を開始しているところがほとんどだと思います。ちなみに私は、この「本部役員」を務めて、今年で3年目になります。

*2:これ、実は「ベルマーク」を「PTA活動全体」に置き換えても、同じ話が成り立つような気がしています。

島根半島ぐるり一周の旅(三日目)

旅行記

前回の投稿からずいぶん間が空いてしまいましたが、ようやく最終日です。

旅の一日目はこちら
blog.ihatovo.com

旅の二日目はこちら
blog.ihatovo.com

三日目、最終日は、玉造温泉を出発して松江城をめぐり、米子鬼太郎空港から東京へ帰ってきました。

松江城

 玉造温泉を出発して、松江市街地に入ります。
 おみやげをいろいろ物色したあとは、いよいよ松江城へ。

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 昨日が暖かかったせいか、桜が一気に咲いています。
 ちょうど桜まつりの最中で、たくさんの屋台や茶店が出てきました。

 かつて出雲松江藩の藩主だった松平治郷は、その号、不昧公としても知られる茶人でした。そのためもあって、松江のみならず、島根のどこへ行ってもおいしいお茶がいただけます。
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 さくらもちもおいしかった。
 子供は、この旅行でたくさんおいしいお茶を楽しんだおかげですっかりお茶にハマり、帰京後に「お抹茶セットほしい」とおねだりする始末。今では、見よう見まねでお薄をたてて飲んでいます。

 さてさて、松江城の天守にも上ってみましょうか。
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 見張り用の窓。矢でも鉄砲でももってこいやー。

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 桜にけむる町がよく見えます。
 今回の旅行、高いところによくのぼったなあ。

 さてさて、次はどこへ行こうかと思ったところで、突然の雨。
 いっそ屋根付き・こたつ付きの遊覧船に乗ってしまおう、ということで、お堀をぐるっと一周できる遊覧船に乗り込みました。
 
ぐるっと松江堀川めぐり


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 しゅっぱーつ。

 この遊覧船、寒い季節の間は豆炭こたつであたたまりながら、船の上から城下町を眺めて回ることができます。
 低い橋の下をくぐるときは、屋根がぐぐーっと下がるので、乗客もキャーキャー言いながら頭を下げます。

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 ぐぐぐぐーっと。下がって下がって……

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 ほっ。また広いところへ出ます。

 お堀の内側は、植生も昔のまま保存されているため、珍しい植物もたくさん見られるのだとか。機会があれば、今度はそのあたりも見てみたいですね。

 さて、船をおりて、コーヒーを一杯。
 水の町、松江はコーヒーも実においしいのです。

 おなかもあたたまったところで、名残惜しいですが、ぼちぼち空港へ向かいます。

 米子空港に来たら、決して見逃せないものがあります。
 それがこれ! 妖怪ステンドグラス!
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 空港2階の出発フロアに今年の春に設置されたばかりのこの妖怪ステンドグラス、到着したときはたぶん気づかない方も多いのではないかと思いますが、出発するときには必見です。

 これからの季節、また違った表情を見せてくれているであろう島根。
 思い出すと、また行きたくなってきました。 

島根半島ぐるり一周の旅(二日目)

旅行記

 旅の一日目はこちら。
blog.ihatovo.com

 二日目は、美保関灯台→出雲大社→日御碕→玉造温泉とめぐりました。

美保館の朝

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 旅行二日目の朝は、目の前の港で水揚げ作業が行われている活気ある物音で目が覚めました。

 朝食は、明治時代から  残る本館でいただきます。
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 吹き抜けから差し込む朝の光が美しい建物です。

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 多くの文豪たちも訪れたというこの旅館。どんな会話が交わされていたのでしょうね。

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 朝食のメニューは、内子たっぷり親ガニ(セコガニ)の味噌汁、新鮮でぴかぴかなイカの刺身、小鯵のみりん干し、温かいおかゆ、などなど。起き抜けのおなかに優しい、たまらないおいしさでした。
 
 さて、おなかもいっぱいになったところで、お世話になった美保館さんに別れを告げ、美保関灯台を目指します。

美保関灯台

 美保館から車で少し走ると、島根半島の東の端、美保関灯台があります。
 駐車場の近くでは、ウグイスが懸命に鳴く練習をしていました。子供がおもしろがって鳴きまねをしていたら、閉口したのか、ぴたっと鳴くのをやめてしまって、おもしろいやら、ちょっとかわいそうになったやら。

 駐車場からしばらく歩くと、灯台に到着。
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 明治時代に建てられたものだそうで、普段は中に入ることはできませんが、真っ白で美しい姿を見ているだけでも飽きません。
 ここで日の出を見たら、きっと美しかっただろうなあ、とちょっと心残りでした。

 さて、ここからはちょっと長いドライブ。国道431号線沿いに、中海の北をとおり、松江市街を抜けて、宍道湖の北をとおって、一路西へ。出雲大社に向かいます。
 このルートの魅力は、湖のすぐ近くを走れること。そして、可愛らしい車両で有名な一畑電車と並走できちゃうことです。このときは、島根県のゆるキャラ・しまねっこのラッピング電車が走っていました。

 言い忘れていましたが、この旅行で私はカメラマンとドライバーの両方を務めていたので、車移動中の写真はありません。残念!

出雲大社

 風は強かったものの、スムーズに走って、お昼ごろには出雲大社に到着しました。
 この日は朝から暖かく、桜が一気に咲き始めていました。
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 どん。

 広い境内をもっとお散歩しようかと思ったのですが、子供がおなかすいたおなかすいたおそばおそばおそば食べようと騒ぐので、お昼にすることに。
 割子そば、おいしかったです。

 ちょっと休憩したあとは、島根半島の西の端、日御碕へ向かいます。
 

日御碕

 日御碕といえば灯台とウミネコが有名ですが、小さいころ、親に連れられてきた私は、夢中でウミネコの鳴きまねをして遊んでいたんだとか。
 美保関灯台でウグイスの鳴きまねをして遊んでた子供と、やってることは変わらないですね。
 その昔、私にさんざん鳴きまねされたウミネコも、さぞ迷惑だったことでしょう。この場を借りて謝ります。

 さて、日御碕灯台です。
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 灯塔の高さが日本一というこの灯台。なんと、内部のらせん階段(163段!)を使って、てっぺんまで登れちゃいます。
 よし。登ろう。

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 よいしょ。

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 よいしょ。

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 よいしょ。

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 キターーー! ……って

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 風、強っ!
 ぐるりと外のバルコニー(?)を一周しようかと思いましたが、あまりの風の強さにくじけて、早々に退却。
 ふたたび163段の階段を下りて、地上に戻ってきたのでした。

 うん。楽しかった。

 だいぶ冷えたので、近くの喫茶店でコーヒータイム。
 休憩したら、ぼちぼち宿に向かいます。この日の宿は、玉造温泉。

玉造温泉

 日御碕から、稲佐の浜を眺めつつ南に下り、山陰自動車道に乗って、夕方4時半ごろには、玉造温泉の宿・佳翠苑 皆美に到着。

 さあ、温泉ですよ!

 露天風呂付き大浴場のほかに、展望露天風呂や足湯もあって、お風呂めぐりしているだけでも楽しいお宿です。
 女性には、かわいらしい浴衣の貸し出しもあります。

 ゆっくり温泉を楽しんだ後は、待望のお食事。鯛めしつき。
 この日の献立はこんな感じでした。
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 どれもこれもおいしい! 

 さて、夕食後は、ぶらりとお散歩に出てみました。
 夜のお散歩用には提灯を貸してくださいます。行きかう人たちが皆さん提灯をさげて歩いている様子は、なんとも風情のあるものでした。

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 三日目、最終日は松江城に行きます。
 三日目に続く。

島根半島ぐるり一周の旅(一日目)

旅行記
旅の始まり

 3月の終わり、二泊三日でのんびり島根半島を一周してきました。

 きっかけは、水木しげるさんと荒俣宏さんという最強コンビが出雲を巡る、異色の(異世界の?)旅番組「水木しげる93歳の探検記~妖怪と暮らした出雲国~/山陰放送」を見たことです。
 水木さんが生まれた鳥取県の境港から、堺水道を渡って向かい側の島根半島を訪れ、幼いころの水木さんとのんのんばあとの思い出をたどる旅。
 子供のころも今も妖怪大好き、水木さん大好きな私には、たまらないおもしろさでした。

 実は父が島根県の出身なのですが、そういえば島根半島の東のほうはよく知らないな、フハッ、これは行ってみたいナ! というわけで、行ってきましたよ!

一日目(境港→水木しげるロード→美保関)

 出発もゆっくり、12時35分羽田発の飛行機で、13時55分に米子鬼太郎空港着。
 レンタカーを借りて、まずは水木しげるロードを目指します。20分くらい走って……

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 来たぞ! 近くの駐車場に車を置いて、お散歩開始。

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 お店というお店が妖怪にまみれてる。もちろん、妖怪ブロンズ像もたくさん。
 足元を見ても
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 いるね。
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 ATMの注意喚起も行き届いてる。
 
 子供は妖怪スタンプラリーに夢中、大人は焼き立てのおせんべいなど食べ歩きつつ、水木しげる記念館へ。
 水木さんがこれまで描かれた膨大な漫画のうち、いくつかの漫画を試し読みできるコーナーが楽しかったです。
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 お庭はどこかにつながっているらしい。

 記念館を出て、おみやげを物色しつつ、来た道をぶらぶら戻ります。
 水木しげるロードを一本外れると、そこはすぐ堺水道。
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 さて、向かい側の島根県に渡りますよ。目的地は、半島の東端、美保関です。

 水木さんと荒俣さんは船で渡っていらっしゃいましたが、私たちは車で一気に渡ります。
 そして、海沿いの一本道をのんびり走りながら、宿泊先の美保館を目指します。

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 夕方5時半前には到着。静かな港町です。
 夕食前に、ちょっとお散歩してみましょう。

 宿のすぐ近くには、事代主神(ことしろぬしのかみ。えびす様)をおまつりしている美保神社があります。
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 事代主神は、出雲大社の祭神・大国主命(おおくにぬしのみこと。大黒様)の子供にあたります。美保神社と出雲大社の両方に「両参り」することで、ご利益が倍増するのだとか。

 美保神社を出て、すぐの道を一本入ると、そこは「青石畳通り」。
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 江戸時代の昔から北前船の寄港地として栄えた歓楽街の雰囲気を、静かに湛えています。この石畳は、雨に濡れると青く光って美しいのだそうです。

 明治時代にここを訪れた、数多くの文人墨客の歌碑や句碑も残されています。
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 こちらは、だいぶやる気が少なめな感じのおふたり。

 宿に戻って、ゆっくりとお風呂につかり、海の幸満載のお夕食をいただいて、早々と就寝しました。
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 翌日は、美保関灯台から出雲大社を目指します。
 二日目につづく。

桜散歩

東京では、明日、3月21日が桜の開花予想日です。
近所の桜(ソメイヨシノ)はどんな感じかな? と見に行ってみました。

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だいぶ芽がふくらんできてますね。

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木によっては、ちらほら花が咲きかけている枝も。

今日も暖かかったので、明日になったら、また一気に開花が進みそうですね。


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桜以外の花もたくさん咲き始めていて、そろそろ春が本格的にやってきそうな雰囲気です。

新しい生活のスタートを切る方々も、いつもどおりの方々も、気持ちのいい春になりますように。

紙の日記をつけ始めた

 1月も20日を過ぎたところで、あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願い申し上げます。

 気がつけば、子供もこの春から小学校4年生。
 小学生の親を3年間やってみて、予想よりはるかに多くの貴重な経験をすることができています。
 仕事と親業の両立についても、自分のキャリア形成についても、そして家族と地域のあり方についても。
 これらについては、今年、おいおい書いていくことができればと思います。

 さて、私もずいぶん大人になったなと思うことのひとつに、感じたことや思ったことをすぐにネットに垂れ流さなくなった、ということがあります(決してブログを更新していない言い訳ではあ……る……かもしれませんが、それだけではありません)。
 とはいえ、まったく何もアウトプットしないと、「考える」ということ自体がおろそかになり、漫然と本やネットの上澄みをすくって終わり、ということになりがちでした。

 そこで1月(正確には正月明け)から、紙の日記をつけ始めています。

 私の背中を後押ししてくれたのは、この記事
kobe-nagasawa.co.jp
 でした。

 小学生~高校生くらいまでの間は、わりとマメに大学ノートなどに日記をつけていたのですが、博文館さんの当用日記を使うのは初めてです。
 書き始めたら止まらなくなるだろうと思って、たっぷり書ける大型当用日記にしてみたのですが、これが大正解。その日にしたこと、読んだ本、食べたもの、子供のできごと、所感などをしっかり書くことができます。
 一方、一日あたりのスペースが限られているので、さほど身構えずに、つぶやくように、「これは書いておこうかな」程度のことを気楽に書き留めておくことも可能。文字制限のあるツイッターのようなものですね。 
 とりあえず10日以上は続いています。

 3日以上続いたことに気をよくし、そして、やっぱりしっかり考えたいテーマについては制限のないスペースもほしいな、とも思い、つい自由日記も買い足してしまった始末。こちらは「補遺」的に使っています。

 今年は、紙で考え、その後に公表する、みたいな形を試してみようかと思っていますが、果たしてどうなりますか。

 今年もあたたかく見守っていただければ幸いです。

この夏、子供と見に行ったお芝居2つ

感想、評論

 私が子供のころから親しんでいる繁華街が池袋なのですが、池袋のある豊島区は演劇の街でもあります*1。そんな池袋で、子供向けの楽しいお芝居を2つ見てきましたよ。

子供のためのシェイクスピア 「ロミオとジュリエット」@あうるすぽっと

 
 子供のためのシェイクスピアは、もう20年くらい続いている人気のシリーズです。「子供のための」と言いながら、子供騙しでない、きわめて本格的なシェイクスピアの舞台を見ることができます。

 今回は「ロミオとジュリエット」。少し早めに着席したところ、カンパニーの皆さんによる歌と踊りのサービスがあって、子供はびっくり。大喜びでした。

 舞台はとてもシンプルで、古い学校にあるような木の机と椅子を組み替えることだけによって装置が作られていきます。
 わずか9人の役者さんたちがそれぞれ何役も演じるのがみごとですが、10人目の役者かもしれない操り人形(シェイクスピアそっくり!)もまた、チャーミングな食わせものでした。

 笑劇的要素は現代的で軽妙なやりとりにアレンジされています(「マーキューシオが塩をまーきゅーしお」と言ったダジャレもまじえて)。しかし、悲劇として大切なシーンでは、子供には難しいだろうと思われる言葉でも、美しい言葉がしっかりと使われています。

 決闘シーンも見せ場ですが、迫力ある華麗なアクションで、子供もくぎ付けになっていました。
 
 有名なラストシーンは、ジュリエットがはっきりと自分の胸を刺してその場に倒れ伏す、というものではなく、とても印象的な演出がされていました。

 もう全国ツアーも終わったようなのでネタバレをしてしまいますが、暗い墓の中、操り人形のシェイクスピア(?)に短刀を渡されたジュリエットは、次第に大きくなるトルコ軍隊行進曲に合わせて、舞台奥から差してくる強い光に向かって歩き出すのです。
 その光の中では、ロミオが子供のように嬉しそうに手を振り、飛び跳ねながら、ジュリエットを待っています。
 ジュリエットが歩みを進め、音楽が最高潮に達したとたん、舞台は一気に暗転。もう一度明るくなったときには、ロミオとジュリエットが石像のような姿で向かい合っています。

 死後のジュリエットとロミオに救いを与えたとも見えます。しかし、その救いの光景はまた、死に瀕したジュリエットが見た幻影のようでもあります。たとえ幻影でなかったとしても、そのような救いが現世では得られなかったということは、観客の誰もが知っています。
 救いの光景の楽しさや輝かしさが増すほど、悲劇性が強く感じられるものとなっていると思いました。

「気づかいルーシー」@東京芸術劇場シアターイースト

 もう、誰もむかなくていい。もう、誰もむかれなくていい。万歳、万歳!
Amazon.co.jp: 気づかいルーシー: 松尾スズキ: 本

 松尾スズキさんの絵本「気づかいルーシー」をもとにつくられた音楽劇です。
 
 ルーシーというかわいい少女が、おじいさんと馬と一緒に楽しく暮らしていたのですが、あるとき、馬と出かけたおじいさんは馬から落ちて死んでしまいます(死んでいない)。
 ルーシーが悲しむだろうと思った馬は、おじいさんの皮をむいてかぶり、おじいさんのふりをして家に帰ります。
 ルーシーは、そのおじいさんが馬であることにマッハで気づきます。しかし、馬の気づかいを無駄にしてはいけないと気をつかって、だまされたふりをし続けます。中身だけのおじいさんは、二人に気をつかってその様子を見守ります。そして……?!

 という、とんでもなくヘンテコなストーリーなのですが、そのヘンテコさをよくぞここまで生かして素敵なお芝居にしてくださったものだと思いました。
 どちらかといえば大人向けのテーマとシュールな設定にもかかわらず、子供の好きなもの(ギャグ、かけあい、歌、下ネタ、怖いもの、キモいもの)全部入りという素晴らしさ。

 音楽劇なので、楽しい歌がたくさん出てくるのはもちろん、なんと、舞台上にいろいろな楽器が置いてあって、音楽家さんの田中馨さんと森ゆにさんが、最初から最後まで生演奏してくださるのです。実に贅沢。
 
 そして、どのキャストも、「この方でなければ」というハマりっぷり。

 この上なくルーシーらしいルーシーの岸井ゆきのさんの元気なかわいらしさ。
 ちょっと残念なイケメン王子の栗原類さんの王子っぷり。
 様々な役を演じた上に、最後にあっと驚く役として出てくる川上友里さんと山口航太さんの大活躍。
 いろんなものをかぶったりむいたりかぶったりして文字通り大汗をかきつつ、子供たちの人気を集めた馬の山中崇さん。
 そして、ずっとむかれたままでかわいそうなのに、ダンスでは素晴らしい動きのキレを見せつけたおじいさんの小野寺修二さん。

 客席の子供たちも、もちろん大人も、終始大爆笑していて、実に楽しい舞台でした。
 
 

*1:毎年九月には、「池袋演劇祭」も開催されます。