9月 122014
 

 9月9日に新しいiPhone(iPhone 6とiPhone 6 plus)、そしてApple Watchが発表された。

 新しいiPhoneについては、サイズが大きくなったこと(特に6 plusはデカい!)以外にさほど大きな驚きはなく、Apple Watchの方がおもしろそうに思えた。

 さて、どうするか。

 今のiPhone 5は2年近く使っていて、とても気に入っている。ただし、バッテリーの持ちはそれなりに落ちていて、しかもバッテリー交換プログラムの対象となっている個体であることもわかっている。この際、新しいものに買い換えても、言い訳は立ちそうだ。

 買い換えに悩むもっとも大きな要因は、iPhoneのサイズが大きくなるのを受け入れるかどうかである。

 私はときどきジョギングをしているのだけど、そのときにはiPhoneをウェストポーチに入れて、ランニングアプリでワークアウトデータを記録している。今よりiPhoneが大きくなると、身軽に走ることができなくなりそうだ。

 来年発売予定のApple Watchは、フィットネス用途を大きな売りのひとつにしているようなのだけど、GPSを利用して走った距離の記録をするためには、常にiPhoneを一緒に持っていなければならないようだ(Apple Watch本体にはGPSがついていない!)。
 それなら、小さいiPhoneひとつで計測も記録も済む今の方がまだマシである。

 Apple Watchを単体でワークアウトに持ち出して、データを記録した後、家でスマートにiPhoneと同期する、みたいなことを期待していたのだけど、残念ながらそういうものにはなりそうにない。防水性能も生活防水レベルにとどまるようで、今のところ、Apple Watchをスポーツウォッチとして使うのはあまり現実的ではなさそうだ。

 iPhoneを買い換えるなら、Apple Watchを買おうが買うまいが、何かしら別のスポーツウォッチかスマートウォッチが必要になるのは間違いない。

 それでも買い換えるとしたら、6にするか、6 plusにするか。キャリアは、今のままで継続するか、ほかのキャリアにMNPするか。

 私の手で持ちやすいのは6だと思うけど、画面が大きくなることで電子書籍(特にコミックス)が読みやすくなるなら、6 plusもいいのではないかという気がする。
 電子書籍はけっこう好きなので、今はKindle PaperWhiteやiPad miniを愛用している。iPhone 6 plusは、Kindleに比べればレスポンスの良さや容量の点で勝ることは明らかだし、iPad miniよりは小さいので持ちやすいかもしれない。

 小さいiPhoneは、常に身近に置いておけるという魅力はあったけれど、いずれ、iPhoneへの通知をApple Watchで受けることができるようになれば、何かしらの作業をするとき以外はiPhoneはカバンに入れておくもの、と割り切ってもよさそうではある。

 キャリアはずっとソフトバンクだったが、あちこちから聞く噂では、auの方が通信状態は良いようだ。
 この際、MNPも検討しようかな、と思うが、ギリギリになって孫正義さんが何かしらのアイディアを出してくる可能性もある。
 もう少し、各社のサービスの具体的な状況が見えてくるまで、決断を待とうか。

 ……などと、いろいろ思い悩んでいるときがいちばん楽しい、というのも毎度のことではあるのだけど。
 
 

9月 102014
 

もらった本を気楽に翻訳して出版する花子、それでよかったの?

 NHKで放映中の朝の連続テレビ小説『花子とアン』は、タイトルのとおり、『赤毛のアン』の翻訳者として知られる村岡花子氏の生涯を題材としたドラマです。
 先週、ついに花子が『赤毛のアン』の原書である『Anne of Green Gables』と運命の出会いを果たし、ドラマもクライマックスが近づいてきました。

 このドラマでは、花子がいろいろな人から英語の本を手渡され、その魅力を日本の子供たちに伝えようと翻訳に取り組むシーンがたびたび登場します。
 後に義弟となる村岡郁也さんからは『The Prince and The Pauper』(『王子と乞食』)を、そして女学校時代の恩師であるスコット先生からは、『Pollyanna Grows Up』(『パレアナの成長』(または『パレアナの青春』))と、『Anne of Green Gables』(『赤毛のアン』)を、という具合に。

 今の日本では、海外の著作物を日本語に翻訳して公開する場合、原則として、その著作物の著作者または著作権者から許諾を得る必要があります。
 しかし、このドラマでは、花子はもらった本の翻訳にすぐ取りかかっていて、特に許諾等を気にかけている様子はありません。
 ええ? ドラマとはいえ、花子、そんなに気楽に翻訳していいの?
 郁也さんもスコット先生も、「これ素敵だから訳して」みたいなノリでいいの?

 結論から言うと、「この時代は、だいたいそれでいいことが多かった」けど「それぞれ事情はちょっとずつ違う」ということになりそうです。
 『花子とアン』の時代は、国際的な著作権保護について大きな動きがあった時代です。『花子とアン』に登場した本を手がかりに見ていくと、著作権に関する歴史の中でも、とてもおもしろい時代であったことがわかります。
 

国際条約はどうなっていた?

 著作権がどのように保護されるかは、その国の法律がどうなっているかで決まるのが原則です。
 しかし、国によって、著作権に関する規定はさまざまですから、自分の国の著作物に関する権利が、ほかの国では保護されない、といったことも起こりえます。
 そこで、さまざまな国の間で、統一的な基準で著作物に関する権利を保護しよう、という動きから「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」(通称・ベルヌ条約)が生まれました。1

 ベルヌ条約は、1886年に作成されて以来、数度の改正を経ていますが、どのバージョンでも、著作者が自己の著作物を翻訳する権利を占有することが定められています。日本は1899年に、ベルヌ条約に加盟しました。
 つまり、『花子とアン』の当時である20世紀初め、日本を含むベルヌ条約加盟国の間では、他国の著作物を自国で翻訳・出版する場合、原則として、著作者の許諾を得る必要がありました。
 
 それなら、花子はやっぱり、気楽に無断で翻訳しちゃいけなかったのでは? と思いきや、当時、日本で効力を持っていたベルヌ条約には、特別な規定があったのです。いわゆる「10年留保」です。

 「10年留保」とは、簡単にいうと、オリジナルの著作物が刊行されてから10年以内に翻訳・出版されなければ、誰でも自由に翻訳・出版してよい、というものです。
 つまり、刊行から10年以内に、誰かが正式に翻訳権を取得して翻訳・出版したことがある作品でなければ、その作品を誰でも自由に翻訳・出版してよかったわけです。2

 なお、アメリカ合衆国は、ずっとベルヌ条約に加盟しておらず、1989年にようやく加盟しました。したがって、『花子とアン』の時代、日本とアメリカとの間での著作権の保護については、ベルヌ条約は関係がありません。
 しかし、この時代(1906年以降、おおむね日米開戦まで)、日本とアメリカとの間では「日米間著作権保護に関する条約」(いわゆる日米著作権条約)が結ばれていました。
 日米著作権条約では「翻訳の自由」が定められていたため、アメリカで発表された作品は日本で自由に翻訳・出版することができました。その逆も然りです。3

 このあたりの話は、日本雑誌協会 日本書籍出版協会50年史 第4章Aに詳しいです。

 それでは、ドラマに登場した3つの作品について、具体的に見てみましょう。

『王子と乞食』について

 郁也さんが花子に手渡した『The Prince and The Pauper』(マーク・トウェイン作)は、1881年にカナダ(自治領カナダ(英連邦内の自治領))で最初に出版されました。4 その後、1927年、村岡花子氏による翻訳書『王子と乞食』が日本で出版されています。

 1881年の時点で、ベルヌ条約はまだ作成されていません。したがって、日本で『The Prince and The Pauper』を翻訳・出版しても問題なさそうに思えます。
 しかし、ベルヌ条約は、原則として、条約が発効する前に創作された著作物でも、条約の発効時に著作権の保護期間が満了していなければ、条約に従って保護されるべきであることを定めています(第18条)。
 したがって、日本がベルヌ条約に加盟した1889年以降にカナダでもベルヌ条約が発効していれば、条約に従って考える必要がありそうです。
 しかし、カナダでもベルヌ条約が効力を持っていたとしても、『王子と乞食』が日本で出版されたのは、1889年から10年以上後の1927年ですから、「10年留保」が適用されて、何の問題もないでしょう。

 ところで、このころのカナダの著作権事情は、カナダの独立の歴史と深く関わっています(Sara Bannerman “The Struggle for Canadian Copyright, Imperialism to Internationalism, 1842-1971″)。

 ベルヌ条約が作成された当時のカナダはいわゆる「自治領カナダ」であり、英連邦内の自治領でした。
 カナダは、最初は単独でベルヌ条約に加盟したわけではなく、イギリスが1886年にベルヌ条約に調印したとき、イギリスの植民地として、ベルヌ条約に加盟しています。
 1889年、カナダ議会は新しい著作権法を審議します。この法律には、外国の著作物に関する権利がカナダ内で強いものとなりすぎないようにするための規定が含まれていました。これは、ベルヌ条約が要求する要件を満たさないものでした。そこで、カナダ政府は、この新しい著作権法を議会で通過させるためには、ベルヌ条約の破棄(脱退)が必要であることをイギリス政府に申し入れたのです。
 これをきっかけに、イギリスとカナダの間で、そしてカナダ内の保守派と革新派との間で、激しい議論が生まれました。また、ベルヌ条約の同盟国の間でも、カナダに追従する国が出てくることをおそれて、なんとかカナダを脱退させまいとする動きも生じ、議論はやがて国際レベルに発展していきます。
 その後、ベルヌ条約の改正に関する数度の国際会議や、イギリス帝国とその植民地との会議において、カナダは粘り強い交渉を続けました。
 やがて、第一次世界大戦において、イギリスを含む連合国側に立って功績をあげたカナダは、戦後、著作権法の譲歩案をイギリスに提示します。また、カナダ内でも、国際的な地位の上昇を考慮して、ベルヌ条約に合わせた著作権法の整備へ向けた機運も高まっていきます。
 そして、カナダが外交権を得た後の1928年、カナダは単独でベルヌ条約に加盟しました。その後、1931年のウェストミンスター憲章により、カナダは独立国家となったのでした。

『パレアナの成長』について

 さて、『花子とアン』に戻りましょう。

 女学校時代の恩師であるスコット先生が、花子に渡した最初の本が『Pollyanna Grows Up』(エレナ・ホグマン・ポーター作)です。5

 『Pollyanna Grows Up』は1915年に米国で出版され、その後、1930年に、村岡花子氏による翻訳書『パレアナの成長』(現在のタイトルは『パレアナの青春』)が日本で出版されました。
 つまり、『Pollyanna Grows Up』が、米国のみで出版された本であれば、これは翻訳の自由を定めた日米著作権条約が結ばれた1906年より後に出版された本ということになりますから、条約に基づいて、日本でも自由に翻訳してよい本に当たります。

 ところで、ベルヌ条約には、非加盟国の国民がその著作物を加盟国でも同時に出版すれば、ベルヌ条約の保護を受けることができるという規定があります(第3条(1)(b))。
 しかし、仮に『Pollyanna Grows Up』がいずれかのベルヌ条約加盟国で同時出版されており、ベルヌ条約による保護を受けるべき本であったとしても、花子が翻訳書を出版したのはその15年ほど後になりますから、ほかの翻訳者が既に翻訳を出版していたりしなければ、「10年留保」で問題ありません。

 したがって、花子がスコット先生から原書を受け取ってすぐに翻訳を開始したとしても、特に不思議はなさそうです。

『赤毛のアン』について

 スコット先生が花子に渡した2冊目の本『Anne of Green Gables』(ルーシー・モード・モンゴメリ作)は、1908年、米国(ボストンのL.C. Page & Company)で出版されました。
 その後、1939年に、宣教師のミス・ショーから原書が村岡花子氏に手渡され、村岡氏は戦火をくぐりぬけながらこれを翻訳し、1952年、翻訳書『赤毛のアン』が日本で出版されたとのことです。

 本国での出版から40年以上経ってから初めて、日本で翻訳が出版されたことになります。また、その間に第二次世界大戦を経ているため、条約の効力等を詳細に検討することにはあまり意味がないように思います。

 戦後、占領下の日本では、外国の著作物の翻訳を日本で出版するための交渉等も困難であり、出版に際しては占領軍の厳しい統制を受けていました。著作権をめぐる混乱もさることながら、日本全体がとてつもない混乱と激動の中にあった時代です。
 それを乗り越えて、ようやく『赤毛のアン』が三笠書房から刊行されたのは、サンフランシスコ平和条約が発効し、日本が再び独立国として認められた直後の1952年5月のことでした。

 村岡花子氏の孫である村岡恵理氏の『アンのゆりかご』(『花子とアン』の原案)によれば、戦後5年を過ぎた1950年、三笠書房の編集者の小池喜孝氏が、村岡花子氏のもとを訪れて、女性読者を視野に入れた何か新しい作品はないか、と相談したそうです。当時の三笠書房は、復刊した『風と共に去りぬ』が大ベストセラーとなり、それに続く翻訳文学を探していたようです。
 小池喜孝氏の相談を受けた村岡氏は、既に『Anne of Green Gables』の翻訳を終えていたものの、新しいものではないし、『風と共に去りぬ』のような強烈なドラマもない、と考えて、最初のうちは小池氏に「ありませんよ」とそっけなく答えていたそうです。 しかし、翌年、村岡氏はあたためていたアンの翻訳原稿を小池氏に渡し、出版に向けた動きが始まります。

 このあたりはドラマとしても非常におもしろいところだと思います。これから、『花子とアン』でどのように描かれていくのか、楽しみにしています。

  1. この動きには、『レ・ミゼラブル』等を書いた大文豪、ヴィクトル・ユーゴーらが大きな役割を果たしています。 []
  2. ちなみに日本では、1971年の著作権法改正まで、この規定が有効でした。 []
  3. 「日米間著作権保護に関する条約」第2条『両締約国の一方の臣民又は人民は他の一方の臣民又は人民が其の版圏内に於て公にしたる書籍、小冊子其の他各種の文書、演劇脚本及楽譜を認許を俟たずして翻訳し且其の翻訳を印刷して公にすることを得べし』 []
  4. マーク・トウェインはアメリカ人の作家ですが、著作権の保護に非常に熱心で、カナダにおけるこの作品に関する著作権の保護のために、カナダに居住権を得ています。(参考) []
  5. ドラマで映っていた原書のタイトルは『Pollyanna』(パレアナシリーズの第1作である、邦題『少女パレアナ』)でした。しかし、その後に映し出された花子の翻訳原稿は『Pollyanna Grows Up』に基づいたものでした。また、実際の村岡花子氏も、『Pollyanna Grows Up』の方を『Pollyanna』よりも先に翻訳・出版したようです。ドラマで映った原書は、単純なミスであったか、視聴者に「パレアナの本である」ことを印象づけるための演出であったか、どちらかであろうと思います。
    (『Pollyanna』の本邦初訳は、おそらく大正5年(1916年)に日本基督教興文協会から出版された弘中つち子氏の『パレアナ』ではないでしょうか) []
8月 122014
 

『アナと雪の女王』

 音楽も映像も美しくていい映画だった。
 
 ストーリー展開に無理があるというような趣旨の批判も見かけたが、そもそもミュージカルやオペラは、荒唐無稽な筋立てと、美しい歌や音楽と、その間に揺曳する真実の感情のひらめきとを楽しむものだから、ストーリーの厳密な整合性は求めなくてもいいのではないかと思う。

 とはいえ、メッセージ性は非常に強い作品である。

 日本語吹き替え版とオリジナル版を見比べると、特にエルサについての印象がかなり違うのがおもしろかった。
 オリジナル版の方のエルサは、いかにも英語圏の現代女性らしい悩みをもつ女性として描かれており、抑圧からの解放と愛との相克、というテーマがストレートに伝わってくる。
 いっぽう、日本語吹き替え版のエルサは、オリジナル版に比べて、より「育ちのよいお嬢さん」らしい雰囲気が強く感じられた。こちらのエルサは、抑圧というものにあまり自覚的ではないように見える。しかし、自分が生きたいように生きていいのかどうかについて悩む、それなりの数の日本の女の子や女性たちにとっては、とても身近なエルサを描くことに成功していると思う。

 「女が幸せになるために男はいらない」という視点から語られることがしばしばある映画ではあるが(たとえばここ)、それがメインのメッセージであるとは私は思わない。

 映画のクライマックスで、アナがクリストフとエルサを見比べた後、エルサのもとへ走るシーンがある。これを見て、アナがクリストフ(異性の恋人候補)とエルサ(同性の姉)とを天秤にかけ、後者を選んだように感じた人もいるのかもしれない。
 しかし、ここでアナがした選択は、クリストフの愛によって自分の命を助けられるか、それとも自分を犠牲にしてでもエルサを助けるか、という究極の選択だったのではなかっただろうか。
 つまり、アナが天秤にかけたのは男と女ではなく、自分の命とエルサの命だったのだと思う。

 この映画では、お姫様と王子様との愛、お姫様と氷売りの男との愛、お姫様と女王様との愛、氷売りの男とトナカイとの愛、氷売りの男とトロールとの愛、雪だるまとその遊び仲間だった人間との愛など、(どれが「真実の愛」であるかは別として)さまざまな愛のあり方が描かれている。その豊かさを、「女に男は必要か」という問題だけに押し込めてしまってはつまらない。

『マレフィセント』

 「女に男はいらない」というメッセージがストレートに打ち出されているのは、『マレフィセント』である。
 「男の居場所はもうないのか」というようなジェンダー論的視点からの批評がされるなら、『アナと雪の女王』より、むしろこちらの方かと思うが、意外なほど、そのような議論の盛り上がりは見られない。

 『マレフィセント』はアンジェリーナ・ジョリー主演の実写映画で、1959年に公開されたディズニーのアニメ映画『眠れる森の美女』をもとにしている。

 オーロラ姫に、糸車の針で指を刺して死ぬ(永遠の眠りにつく)という呪いをかけた魔女がマレフィセントであり、原作の『眠れる森の美女』では悪の権化のような存在として描かれている。
 しかし、映画『マレフィセント』では、彼女は生まれながらの悪い魔女ではない。屈託のない妖精の少女であったマレフィセントは、後に王となるステファン青年に手ひどく裏切られ、身も心も傷ついた恨みから、強大な力を持つようになる。マレフィセントは、ステファン王の娘であるオーロラに呪いをかけたものの、オーロラを陰から見守り続けるうちに、母代わりのような存在としてオーロラに慕われるようになる。
 深い眠りに落ちたオーロラを救うのは、王子のキスではなく、呪いをかけたことを心から後悔したマレフィセントのキスである。やがてマレフィセントはステファン王を倒し、オーロラと共に王国を築き上げ、オーロラをその国の女王とする。

 プリンセスが王子と結婚してめでたしめでたし、というオリジナルのストーリーを全否定して、女性どうしの絆を称揚するつくりとなっているが、衝撃の斬新さ、というほどの印象はなかった。
 何か似たものがある、と思い出したのが、菊池寛の『真珠夫人』だ。

 『真珠夫人』は、貧しい男爵の令嬢であった瑠璃子が主人公である。美少女・瑠璃子とその恋人の青年は、ひょんなきっかけから、金満家の中年男・荘田の怒りを買う。荘田は瑠璃子の父親を陥れ、恋人との間を引き裂き、瑠璃子を自分のものにしようとする。瑠璃子は激しい怒りを抱きながら荘田のもとに嫁ぐと、荘田の心をもてあそんで復讐を果たし、荘田の死後は数々の青年たちを手玉にとって、自身は処女のまま、男性という存在に復讐を果たしていく。

「妾(わたくし)、男性がしてもよいことは、女性がしてもよいと云ふことを、男性に思ひ知らしてやりたいと思ひますの。男性が平気で女性を弄ぶのなら、女性も平気で男性を弄び得ることを示してやりたいと思ひますの。妾(わたくし)一身を賭して男性の暴虐と我儘とを懲(こ)らしてやりたいと思ひますの。男性に弄ばれて、綿々の恨みを懐いてゐる女性の生きた死骸のために復讐をしてやりたいと思ひますの。本当に妾(わたくし)だつて、生きた死骸のお仲間かも知れませんですもの。」


 妖婦とまで呼ばれるようになった瑠璃子が真実に愛したのは、荘田の娘(瑠璃子にとっては義理の娘)である美奈子だけである。

 美奈子は、自分がひそかに愛していた青年が瑠璃子の求婚者であることを知り、深く傷つく。それを知った瑠璃子は、青年の求婚を断る。そして、瑠璃子と美奈子は互いを最愛の存在として認め合うのだが、そのときの瑠璃子と美奈子のやりとりが、なかなかすごい。

「お母様! 貴女は、決して妾(わたくし)にお詫をなさるには、当りませんわ。本当に悪いのは、お母様ではありません。妾(わたくし)の父です。お母様の初恋を蹂躙した父の罪が、妾(わたくし)に報いて来たのです。父の犯した罪が子の妾(わたくし)に報いて来たのです。お母様の故(せゐ)では決してありませんわ。」さう云ひながら、美奈子はしく/\と泣きつゞけてゐたが、「が、妾(わたくし)今晩、お母様の妾(わたくし)に対するお心を知つてつくづく思つたのです。お母様さへ、それほど妾(わたくし)を愛して下されば、世の中の凡ての人を失つても妾(わたくし)は淋しくありませんわ。」
 さう云ひながら、美奈子は母に対する本当の愛で燃えながら、母の傍にすり寄つた。瑠璃子は、彼女の柔かいふつくりとした撫肩を、白い手で抱きながら云つた。
「本当にさう思つて下さるの。美奈さん! 妾(わたし)もさうなのよ。美奈さんさへ、妾(わたし)を愛して下されば、世の中の凡ての人を敵にしても、妾(わたし)は寂しくないのです。」
 二人は浄い愛の火に焼かれながら、夏の夜の宵闇に、その白い頬と白い頬とを触れ合せた。


 マレフィセントは瑠璃子であり、オーロラは美奈子であり、ステファン王は荘田であると思って読むと、『マレフィセント』と『真珠夫人』はぴたりと重なる。
 結末こそ違えど、両作品はいずれも、女性どうしの強い絆の上に築かれた愛の王国を至高のものとして描いているように見える。

 『真珠夫人』が発表されたのは1920年で、今から90年以上も前である。ちょうど日本で婦人問題に関する論争が熱を帯びていた時代だったことを考慮しても、菊池寛の着想の新しさが光る。

 しかし、わざわざ『真珠夫人』を引用するまでもなく、「男性を必要としない女性」をヒロインにした物語は、ディズニー映画以外ではそれほど珍しいものではない。それもあってか、ジェンダーの観点からの話題の盛り上がりはさほどでもないように見える。(善悪とは何かというテーマを描こうとしたにしては、マレフィセントがあまりにも早く「いい人」になってしまっており、その点の踏み込みは浅い。やはり、男女の恋愛以外の「究極の愛」の形を提示することがメインテーマであるととらえるべきだろう)。

 『マレフィセント』が、ジェンダー論的な盛り上がりを見せない別の理由としては、ヒロインが強すぎることがあるかもしれない。戦闘体のマレフィセントは、以前、アンジーが演じた『トゥームレイダー』のララ・クロフトを思い出させる。
 そして、私もそうだが、観客はもはや「男より強いヒロイン」の存在だけでは、さほど衝撃を受けなくなっていると思う。特に、ヒロインが見るからに強そうな存在である場合には。

 その点『アナと雪の女王』のヒロインたちは(強い魔力をもつエルサでさえ)「見るからに強そう」ではない。そのようなヒロインたちの物語に「男性はいてもいなくてもいい」と読み取る余地がある方が、「見るからに強そうなヒロインが、特に男性を必要とせずに幸せになる」物語よりも、ある人々にはショッキングだということはありそうだ。

 しかし、『アナと雪の女王』にしても『マレフィセント』にしても、ジェンダーの観点を離れて楽しんでいる観客は多い。
 2009年の『プリンセスと魔法のキス』あたりから、ディズニーは「典型的なプリンセス像」と格闘しているように見えるが、ディズニーより先に、観客は「典型的なプリンセス像」の呪縛から解き放たれつつあるような気がする。

都議会におけるセクハラ発言について

 未分類  コメントは受け付けていません。
6月 192014
 

 東京都議会で、塩村文夏議員が女性の妊娠・出産を巡る都の支援体制についての質問をしていた際に、「早く結婚しろよ」「子供もいないのに」などのヤジを受けたそうである。

都議会:セクハラやじ 女性議員に「早く結婚しろ」 – 毎日新聞

 複数の議員がこのヤジを聞いていたようで、音喜多駿議員上田令子議員などが抗議の声を上げている。

 しかし、上記毎日新聞の記事によれば、議会運営委員会の吉原修委員長は「聞いていない」とした上で、「(各)会派の中で品位のない発言をしないよう確認すればいいのでは」と述べるにとどまったとのことだ。そして、今現在(2014年6月19日昼)、都議会の議長からも都知事からも何ら声明が出ていない。

 問題となっているヤジは、疑いようもなくひどいセクシュアル・ハラスメントであり、人間性への侮辱である。このような発言をした議員は即座に塩村議員に謝罪すべきであるし、このような発言がされるがままの議会運営を許した議長、議運もまた、同様に謝罪すべきであろう。

 言うまでもないが、塩村議員の質問は、妊娠・出産に関して悩みを抱く都民の意見を代弁したものである。
 つまり、今回の下劣極まりないヤジは、未婚、既婚、子供のあるなしを問わず、妊娠・出産に関して悩みを抱く都民を侮辱するものだ。
 都民を代表する議員が集まる場所で、このような発言がなされ、看過されるがままの状態となっていることは、とうてい容認できるものではない。
 議長および議運から、速やかな釈明と謝罪がなされることを、一都民として要求したい。

 なお、音喜多議員のブログによれば、問題の発言があったとき、一部の議員から笑いが起こり、都知事も笑ったように見えたとのことである。
 それが事実だとすれば、このような発言を笑って見過ごしてよいと考えた一部議員や都知事の倫理観を疑わざるを得ない。都議会および都知事の信用にも関わることだから、この点についても迅速な釈明がなされるべきだろう。

 今回のニュースに関するインターネット上の反応をざっと見わたすと、男女問わず件の発言を厳しく批判する声が圧倒的に多い。
 少し昔であれば、「この程度のヤジに耐えられなくてどうする」「これだから女性は」といった声の勢いが強かったかもしれない。実際、議会内ではそういう雰囲気が優勢なのだろうと推察される。
 しかし、最近の民間組織においては、少なくともある程度の数の人が集まる場所で、無邪気に他人を侮辱するような発言をしたり、それに同調したりすることが容認される雰囲気はかなり薄れているように思う。
 特にそれなりの規模の組織であれば、セクシュアルハラスメントを初めとする人権侵害については細心の注意が払われているはずだ。
 「オトコならわかるよな?」といった目配せとともに差別意識の共有を強要することも、最近は難しくなっているのではないだろうか。

 しかし、都議会のコンプライアンス意識は、高まりつつある民間のそれとは相当に乖離しているように見える。

 各個人のホンネの部分でまで差別的な考えを持つなとまでは言わないし、言うことはできない。なぜなら、それは内心の自由の範疇にあるからだ。
 しかし、その考えをいったん口に出せば、他人を侮辱し、傷つける可能性が必ずある。
 今回のヤジを飛ばした議員に対しては、他人がいる場所では、差別的・侮辱的な発言を聞きたくない人がいることに配慮して黙っている、程度のタテマエは守れる大人になってほしいと思う。
 また、今回の発言を容認した議員たちには、せめて、このような発言が都民にどう受け止められるかについて即座に予想し、対処しうるだけのリスク意識をもってほしいと思う。

一泊二日 鴨川シーワールドといちご狩りツアー

 未分類  コメントは受け付けていません。
4月 232014
 

消費税増税前の3月末、なんとか仕事にメドをつけ、ぽかぽか陽気の鴨川へ、ふらっと家族旅行に行ってきました。

 世間の皆さまが職場でお昼休みの間、海ほたるから見渡す海はなんと美しい。
 20140423-005516.jpg


 宿泊先は、鴨川シーワールドに隣接するオフィシャルホテル「鴨川シーワールドホテル」。
 宿泊者は当日と翌日の分の入場パスがもらえて、専用ゲートから自由にシーワールド園内に出入りできます。
 
 シャチ、どどーん!(追記:大嘘です。イルカです)
 20140423-005239.jpg

 ざっぶーん!
 20140423-005829.jpg

 最近できた新しい施設・トロピカルアイランドでは、自分でデザインした魚を、コンピュータグラフィックスの水槽の中に放して遊ぶこともできます。
 20140423-010916.jpg 20140423-010929.jpg

 シーワールドホテルに泊まると、もうひとついいこと。
 それは、閉園後の夜の水族館を探検できることです。

 夜のシャチ。
 20140423-010205.jpg

 うつらうつらするペンギン
 20140423-010218.jpg

 探検を終えると、参加証明書がもらえます。君も博士(シーワールドプチ)だ!
 20140423-011226.jpg

 食事も設備も、子連れにとても優しいホテルなので、小さいお子さん連れでも安心だと思います。

 さて翌日はいちご狩り。
 「えー! これぜんぶ食べていいの?」
 20140423-011549.jpg

 もちろん、もちろん。でも、けっこうおなかいっぱいになるんですよね。
20140423-011558.jpg

 甘い香りで、おなかも心もいっぱいになりました。

今日のアクセス数:583 昨日のアクセス数:561

現在の訪問者数:1

全体のアクセス数:861367