パラダイスはないけれど-「稼ぐ妻・育てる夫―夫婦の戦略的役割交換 アメリカ人52人のワーク・ライフ・バランス」

 日経BP社の気鋭の記者、治部れんげさんより、新刊「稼ぐ妻・育てる夫―夫婦の戦略的役割交換 アメリカ人52人のワーク・ライフ・バランス」をお贈りいただきました。ありがとうございます!

 おそらく多くの日本のワーキングマザー(そしてファーザー)同様、私も自分と家族のワークライフバランスについて頭を悩ませています。

 育児家事の負担が私に偏りすぎている。毎日が忙しすぎる。夫の仕事はもちろん支援したい。でも、いったい私は、いつになったら自分のキャリアのために時間を割けるのだろうか。

 知り合いのアメリカ人女性研究者たちが、家庭も仕事も楽しんでいる様子を見るにつけ、私には、アメリカはパラダイスのように思えていました。

 男女ともに生き生きと仕事をし、伸び伸びと子育てをしているような、そんな理想郷が、日本ではないどこかにはあるのだ、とうらやましく思っていました。そして、どうして私たち夫婦はそのようになれないのだろう、とも。

 そんな中、まさにグッドタイミングで、この本をいただきました。目次は以下のとおりです。

第1章 日米女性の比較:キャリアか子どもか、両方か

第2章 アメリカ男女の家事育児時間

第3章 アメリカ共働き夫婦の家事育児分担

第4章 夫の家庭責任と妻の家計責任

第5章 合理的な選択が専業主婦を生んだ

第6章 保育園不信・市場主義・個別交渉の文化

第7章 なぜ、アメリカ男性は家事や育児をやるのか

第8章 女性にも見られる保守的な志向・アメリカ女性の役割意識

第9章 アメリカ女性が仕事と育児を両立できる理由

第10章 私のワーク・ライフ・バランス

 ここには、たくさんのアメリカ人共働き夫婦の生の声と、膨大な文献資料やデータから、今のアメリカのワークライフバランス事情が描き出されています。そして、一児の母でもあるれんげさんご自身の経験も踏まえた、日本のワークライフバランス少子化問題への提言で締めくくられています。

 れんげさんが、フルブライト奨学金を得て、ミシガン大学の客員研究員として行われた研究をもとにした、渾身の力作です。

 私がアメリカの事例から見てとったのは、彼らも悩みながら、家族のあり方と仕事のあり方を模索しているのだということ。そして、非常に強い個人主義のありようでした。

アメリカ人共働き夫婦も悩んでいる

 本書によれば、アメリカでは、3歳以下の子供をもつ母親の7割が外で働いているということです。女性の社会進出といえば聞こえはいいですが、実際は厳しい家計事情に後押しされて、という面もあり、必ずしもその状態で皆がハッピーというわけでもないようです。

 家事育児分担は、まだまだ妻に偏っているし、皆が皆ジェンダー規範から解き放たれているわけでもありません。

 また、弁護士などの専門職でキャリアを追求していこうとすれば、やはり長時間労働が必要になるし、いわゆるtwo-body problem(夫婦がそれぞれ職を得ようとすると別居せざるを得ない状況になる問題)もあります。

 さらに、本書で紹介されている、アメリカの公的保育サービスの貧しさには驚きました。だからこそ、時短勤務や在宅勤務など、勤務形態を融通したいという親たち(父母ともに)の要望が大きくなり、企業などの雇用主もそれを受け入れざるを得なかったのでしょう。

ワークライフバランスの追求に向かわせる原動力

 本書では、アメリカといえども決して男女平等天国・ワークライフバランス天国ではないということが、ほかにもさまざまな角度から示されています。

 それにも関わらず、アメリカの女性たちは専門職・管理職に進出し、男性たちも家庭に進出しており、それは日本の比ではありません。なおかつ、彼らは、子供たちと過ごす時間もしっかり確保しています。

 彼らがどのように環境を整備し、勝ち取ってきたか、具体的には本書を見ていただきたいと思います。

 注目すべきは、ここで紹介されているアメリカ人共働き夫婦たちから、不思議と明るい前向きなエネルギーが感じられることです。本書は、そのようなエネルギーの源となっている強い個人主義の実態についても、詳しく紹介しています。

 

 うまくいっている・いきつつあるアメリカ人共働き夫婦の事例からは、自立した個人どうしが共同して幸せな家庭を運営していこうという明確な意志がうかがえます。

 個人である自分の利益を主張するとともに、個人である相手をも尊重する。その上で、共同体の利益を最大化するよう、互いに交渉し合って落としどころを見つけていく。その共同体が家族であっても、企業であっても、どうやら同じようです。

 ただし、そこにはれんげさんが厳しく指摘するように、男女問わず、個人の強い責任感が伴っています。

 たとえば、妻は家計責任をしっかり負い、夫も育児家事に対する責任をしっかり負う、というように。

 ここでいう「しっかり」とは、完全に平等という意味ではありません。重要なのは、互いに相手が果たしている責任を、その多少に関わらずきちんと認め、肯定し合っているということです。

 夫婦が密にコミュニケーションを取ることに尽きるといえばそうなのですが、何を目指してコミュニケーションを取るか、どのようなビジョンを共有するか、ということがとても重要です。その点でも、少し先を行っているアメリカの共働き夫婦の生の声が、とても参考になります。

私たちはどのように行動できるか

 アメリカの高い離婚率を考慮に入れれば、そもそもうまくいっているカップルのみが「生き残って」、夫婦単位でワークライフバランスを考えられるようになっているのかもしれません。一人親家庭の事情も気になるところではあります。

 個人主義だけですべてを解決しようとすれば、どうしても弱者に負担がかかります。その意味では、社会全体で子供を育てようとしている日本のやり方を、うまく成長させていくことができれば、と思います。

 れんげさんご自身の体験に基づいた、日本のワークライフバランス少子化問題に対する最終章の提言は、ぜひとも多くの経営者の皆さん、そして行政を担う方々にも読んでいただきたい。

 

 本書は、読む人によってさまざまに異なる示唆が得られるのではないかと思います。

 これから結婚を考える若い人たちには、本書を一緒に読み、忌憚なく語り合えるようなパートナーとであれば、ときに悩みつつも幸福な家庭が築けるでしょう、と申し上げておきます。