週末は福永武彦「愛の試み」(新潮文庫)など.その中から:


人は生れながらにして,孤独を持つのと同様に,必ず愛を心の中に持っている.愛とは,心の窓を外側から照し出す光のことではない.愛はそれ自体が仄明るく燃え続ける内部の焔である.


燃焼ということが自己の完全な投企である場合に,人は自己の孤独を忘れるだろう.しかし,結果として孤独を忘れるのでなく,孤独を忘れるため,現実の孤独の意識を逃れ去るために,強いて自己を燃すとしたならば,その愛は根本的にどこか間違っている


そして人が自己の孤独に気づく機会が,逆境にあったり,苦しみを感じたり,死を予感したりする悲劇的な瞬間ばかりでなく,愛するというこの積極的な行為の瞬間にもあるというのは,実は大いに悦ぶべきことなのだ.なぜなら,彼は自己の孤独に思い当るが故に,愛する対象の持つ孤独についても同時に考え及ぶ筈なのだし,自己の傷を癒す前に,まず相手の孤独を癒してやろうと考えることが,愛を非利己的なものに高めて行く筈なのだから.


常に酔いながら尚醒めていること,夢中でありながら理性を喪わないこと,イデアの世界に飛翔しながら地上を見詰めていること,---愛に於ける試みとはそうしたものである.その試みは決してた易くはないが,愛はそれを要求する.


愛の試み (新潮文庫)

愛の試み (新潮文庫)