涙の理由

K塾で、女生徒を泣かせてしまった。

勉強法を聞きに来た浪人生。不安でいっぱいな目をしている。

現在の状況を聞くと、
とにかく基礎ができていない。

でも授業ではむずかしいことをやっている。

最終的にはむずかしい問題ができなければいけない。

でもむずかしい問題をいくら見たってわからない。

どうしたらいいんだろう。
と、パニックになっているようだ。

基礎力をつけなくては話にならない。でも、基礎さえやれば追いつける。
1年間の見通しを見せて、夏までの方針を立てた。
「ほっとしました~」
とにっこり笑う彼女。
「そういうことを言ってもらえるのを待ってたのかもしれません」

そして、心配そうな目で私の顔をうかがいながら、
「じゃ、基礎ができるまでは、こういう問題は質問しても意味ないですよね?
 J医大の過去問なんですけど・・・」
と、一枚のプリントを見せる。

・・・なるほど。受験生のイヤがりそうな問題だ。
こういうのを模試に出したら、まずほとんどの生徒が討ち死にだろう。

でも、ありがたいことに、大した基礎知識はいらない。
段階を追って思考すればいいだけだ。
何より、彼女はこの大学に行きたいのだ。
めちゃめちゃ時間はかかりそうだが、やってみるか。

「いや、できるよ、これだったら」
「ほんとですか?」
「やってみようか」

ゆっくり説明を始める。
彼女には、とにかく抽象的な思考力がまったくない。
培地をM培地、細菌の株をR株・X株・Y株、と名付けてある時点で、もう混乱しそうになっている。
絵を描いて、問いかけて、答えさせながら誘導する。

15分後。

「そっか~、じゃ、Xは、前駆体Bはつくれて、Aはつくれないんだ。
 そのことが、実験3を見て、それからもう一回実験2を見たらわかるんだ!」
「そうだよそうだよ、そのとおりだよ。まったくそのとおり。わかったじゃん!」

この瞬間である。彼女がボロボロと泣きだしたのは。

「わー、うれしい。わかったー。うれしい」

そんな、泣くほど喜んでもらえるなんて、教師冥利に尽きるというものだが、それにしてもこの喜び方は尋常ではない。

「だって、さっきまで、ほんとに不安だったんです。
 もう絶対無理だと思って、でもどうしていいかわからなくて。
 でもわかった! わかるんですね。うれしい」

なるほど、つまり、ずっと先が見えなかったんだな。
たしかに、なんにもわからない、五里霧中、という状況は、たまらなく不安だろう。
そうか、つらかったんだね、と言いながら、こっちもじわっと来てしまった。

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「わかる」喜び、「できる」喜びを味わった経験が、今の子には少なすぎる。
少し我慢すれば、少し努力すれば、わかるし、できる。
オイシイ思いをしたことがないから、オイシイことがあることすらわからない。

彼らがよく言う「我慢なんてばかばかしい」「無理しないで楽に生きたい」は、別にさとっているのでも、スカしているのでもなかった。
あれは、酸っぱいぶどうだったんだ。

ついでに言えば、ほめられる経験をしてきた子も少ない気がする。
友人に、「俺は、小さい頃にほめられたことがないから、ひねくれたんだ」と言っているヤツがいるが、いい年をしてそういう甘ったれたことを言っているのは別として、子どもの話。
ほめると、どこまでもやる気を出すんだなあ、これが。

甘やかされているのに、ほめられていない、とはこれ如何に。

うーん。三者面談をしてみたい。