クラゲの遺伝子を持ったサル

時事通信から:        

◎遺伝子組み換えサル誕生=霊長類で初、がんなどの治療研究に期待-米

 【ワシントン11日時事】

12日発行の米科学誌サイエンスによると、米オレゴン健康科学大学の研究チームがこのほど、クラゲの遺伝子を組み込んだ遺伝子組み換えサルを誕生させることに成功した。
霊長類では初めてで、がんやアルツハイマー病などの治療法開発に大きく役立つとみられている。 


今朝のワイドショー『特ダネ!』でも、このニュースが取り上げられていた。
司会の小倉氏が、「いやー、でも、このサルはクラゲには見えませんねえ」と感想を述べていた。
・・・なに?
聞き逃せない発言だ。
科学者のハシクレとして、こういったニュースの伝え方を改めて考えたくなる。

さあ、生物学関係者でない人たちは、これだけを聞いて、どう思うだろう。

  • え? クラゲの遺伝子をサルに入れちゃうの? 
  • サルがクラゲになっちゃうの?
  • 科学の進歩ってこわいわねえ。

そんなふうに思うだろうか。
断じてそうではない。
このように、SFチックなセンセーションを呼び起こすような報道は、ほんとうにおもしろい科学の本質を伝えないばかりか、誤解を招いて、有害であるとすら言える。

この「クラゲの遺伝子」について、ちょっとだけくわしく説明する。
これは、オワンクラゲというクラゲが持っている、光るタンパク質の遺伝子だ。
このクラゲは水の中で緑色の蛍光を発するのだが、その光のもとになるタンパク質である。
(GFP=Green Fluorescent Protein という)

だからと言って、べつに全身がネオンのようにぴかぴか光るサルができたわけではない。
このGFPの光はごく弱いのだ。

では、どうしてそんなものを、サルの中に入れたがるのか。興味本位でサルを光らせて喜んでいるのではない。
このGFP遺伝子は、「標識遺伝子」と呼ばれる。細胞に『しるし』をつける、いわばマーカーのようなものだ。光で細胞に色を塗って見分ける、と思ってよい。

なんの『しるし』か。
別の遺伝子が入ったかどうかを見分ける『しるし』である。

たとえば、ガン遺伝子を持っているとわかっている人が、こどもを産みたいとする。
彼女は、こどもがガンになってはいやなので、自分の卵子に、ガン遺伝子の働きを抑制する遺伝子を入れたい。
でも、ただ卵子にガン抑制遺伝子だけを入れても、ほんとうに入ったかどうかは、目で見たってわからない。
(遺伝子の導入というのは、100%の確率でできるわけではない)

そこで、GFPの登場だ。

ガン抑制遺伝子にGFP遺伝子をつなげて、卵子に入れる。
すると、ぶじに遺伝子が入っていれば、その卵子の中ではGFPが光っているので、目で見たらわかる。
光っている卵子を選んで、ダンナの精子と受精させてやれば、ガン抑制遺伝子をもったこどもを産むことができる。
(そういうことをしていいか、という倫理的な問題は別として)

今回、GFPを導入したサルを誕生させた、ということは、こういった目的へ向けての、第一歩なのだ。

  • そもそもGFPはサルの中でも、ちゃんと光るか?
  • 実際にヒトに応用するとして、GFPに毒性はないのか?

そういった基礎的な情報が調べられたという点で、今回の実験は意味がある。

けっして、サルをクラゲにしようとしているのではないのだ。

よく、遺伝子組み換えと聞いて、まったく別の生物がつくられると思ってこわがる人がいる。
遺伝子や、DNAそのものを薄気味悪がる人もいる。

しかし、私たちの細胞ひとつひとつにDNAは入っているのだし、たいていの食べ物にはDNAが入っている。
キャベツの遺伝子を持つキャベツを食べ続けたって、私たちはキャベツにはならない。

よくわからないことをいたずらに恐れたり、あがめたりする態度は、危険だ。

わかったように見えること、権威づけられた理論などを、なにも考えずに絶対視する姿勢も、同じように危険だ。

科学者だって、常にそれらの危機にさらされている。
このことについては、いずれ、きちんと議論したいと思っている。