職業病のはなし

これは職業病だろうな、と思われるものは、わりとある。

漢字の変換ミスもそのひとつ。
たとえば、医学部の友人から来るメールで、「消火器」が「消化器」になっていたりする。
よく使う漢字が、先に変換されるのはわかるが、
「昨日、うちに消化器売りが来たの」
・・・そういう密売人が、家庭に来ちゃ、まずいだろう。

さて、私は、まがりなりにも分子生物学の手法を使って、研究をしていることになっている。
分子生物学の実験には、いろいろと職人芸のような技や、お作法がある。
これが、さまざまな局面で、日常生活に影響してくるのだ。

技のほうはいい。

たとえば、試薬のビンのふたを片手で開ける方法は便利だ。
てのひらと小指と薬指でビンを支え、親指と中指(あるいは人差し指)でくるくるとふたを開ける。
とったふたを、人差し指と中指ではさんで、残りの指でビンをかたむけ、中の試薬を出す。

この方法に習熟すると、運転の途中でペットボトルに入った飲み物を飲むときなどに便利だ。

問題は、洗い物のお作法である。

よけいな物質がついた器具で実験するわけにはいかないので、器具の洗い方にはお作法がある。
洗剤をつけて洗ったときは、少しでも洗剤の成分が残っていてはいけないので、泡が見えなくなるまでゆすいだら、その後なお10回ゆすぐ、という決まりがある。
ふつうの水道水には、いろいろなイオンなどが含まれているため、
仕上げに、超純水という混じりけなしの水でリンスして、器具の壁面にはよけいな物質が残っていない状態をつくる。

余談だが、わが研究室の超純水製造器に、「飲用ではありません」と書いてあった。何一つ混ざりものがないなら、飲んでも害はないはずだが。
なんでだろう。

閑話休題。
いつも、そのようなお作法で洗い物をしていると、どこに職業病が出るか。
それは、当然のことながら、家で皿洗いをしているときだ。
茶碗を洗おうが、コップを洗おうが、無意識のうちに手が10回ゆすいでしまう。
心の中で、ふと「い~ち、に~い、・・・」と数えている自分がいるのだ。
そして、ゆすぎ終わったら、これまた無意識に、手が超純水の入った洗ビンを探す。

そりゃ、口に入るものだから、洗剤が残らないに越したことはないが、家での洗い物に、わざわざ分子生物学グレードの方法を持ちこむこともなかろう。
第一、めんどうだ。
わかっていても、10回ゆすがないと、なんとなく気持ちが悪く、後ろめたい。
これを職業病と言わずして、なんと呼ぼう。

あなたの家に、洗い物をしながら、うつろな目で宙を見つめ、何度もコップをゆすいでいる人はいませんか?
その人は、かくれ分子生物学者の疑いがあります。