記事がtweetされた回数を表示する方法(WordPress)

 記事のタイトルの隣に、その記事がtwitterで引用された回数を表示するアイコンをつけています。そのアイコンをクリックすると、tweetされた内容も読むことができます。

 これは、TweetBuzz というサービスの、Tweetカウンターにお世話になっています。
ただ、ここのカウンターの設置方法 が少しわかりづらく、このままだと、各記事ごとのカウンターを表示することはできません。
 設置方法では、サイトのURLを参照するようになっていますが、ここを各記事のパーマリンクを常に参照するように書き換えてみました。

<a href="http://tweetbuzz.jp/redirect?url=<?php the_permalink() ?>"><img src="http://tools.tweetbuzz.jp/imgcount?url=<?php the_permalink() ?>"/></a> 

これを、メインインデックス(index.php)、単一記事(single.php)、ページ(page.php)のテンプレート中、好きなところ(たとえばタイトルの横)に貼りつければO.K.でした。


女性の自己実現と、不幸の取り引き

どんどん不幸になっていく米国の女性たち - JBPress 
「母親の自己実現のために」育てられた子どもが背負う呪縛 - シロクマの屑籠(汎適所属)
というふたつの記事を読んで、割り切れない思いが残りました。

 「女の身でありながら」仕事と育児、さらに趣味の時間を楽しもうとしていると、しばしば「自己実現第一のスーパーウーマンを目指している」ととらえられがちで、何やら落ち着かない気持ちになるからだろうと思います。
 自己実現とは本来、人が生きていくためのポジティブな力になるものであるはずですが、なぜか「“女性の”(あるいは母親の)自己実現」という文脈で語られる場合、「自己中心」「自己満足」「なんでもほしがる欲張り」といった否定的な意味合いが強くなるような気がします。

 つまり、「“女性の”(あるいは母親の)自己実現」とは、「する必要がないことを無理してやっている」という主張とすりかえるように使われがちなのです。
 そして、上に挙げた記事でもそれは同じです。

 JBPressの記事では、「米国女性の8割が日常的にストレスを感じている」という調査結果と、それが自己実現の呪縛によるものだという結論を結びつける根拠は、この記事を書かれた方の印象にしかありません。
 また、p_shirokumaさんの描き出す「スーパーウーマン」は、一昔前の「教育ママ」「お受験ママ」のステレオタイプのような、視野が狭く浅薄で、滑稽な存在に見えます。

 母親の仕事や育児が、それほどハタ迷惑な「自己実現」でしかないのなら、父親の仕事や育児はなんなのでしょう?

 自己中心的で浅薄で、いつも不幸を嘆いているような欲張りな「スーパーウーマン」なるものののイメージを、世の働く女性や子育てする女性全体にかぶせられてはたまりません。

 私について言えば、毎日バタバタして、大変なときもありますが、それを「ヒステリックで不幸な自己実現狂」みたいに言われてしまうのは、何やらすりかえられた印象を押しつけられてる感があって、気分の良いものではありません。
 「しなくてもいい苦労を背負うから不幸なのだ」と決めつけは、それが私への否定であればまた良いですが、「お前がしなくてもいい苦労を背負うから、夫や子供がかわいそうなのだ」と決めつけられると、しんどいものがあります。痛くもない腹だって、見当違いに探られ続ければ不快なのです。

 大抵の親たちは、共働きだろうが片働きだろうが、楽しいけど大変、大変だけど楽しいって毎日なのではないでしょうか。親でない人たちだってそうであるように。
 大変なときには愚痴のひとつやふたつ(みっつやよっつ)出るでしょう。だからといって、全身愚痴で凝り固まってるわけじゃなし、手抜きも息抜きもして、バランスをとっているだろうと思います。

 ただ、あんまり手抜きしてるよー、息抜きもしてるよー、とうかつに外では言いにくいような気もして、それが問題であるとも思います。

 ちょっとでもニコニコしていたらその人の「大変さ」は無視されてしまうとか、必要以上に不幸アピールをしなくちゃ助けを求められない、というような雰囲気があるように思えてならないのです。
 これは内田樹さんの「不快という貨幣」の話とも通じるかもしれません。そして、私の中にもそのような価値観が忍び込んでいないとも言えず、ときおりヒヤリとします。
 ニュースや投稿欄などを見ていると、専業主婦が保育園の一時預かりを利用することや、生活保護家庭がたまに外食することさえ許容しない、というような狭量さを見せつけられることも多く、ため息が出ます。

 誰かに手を差し伸べるとき、いちいちその人の不幸度を査定しないと、誰が、何を損するのでしょうか。

 極端な不幸をアピールしないかぎり話を聞いてもらえない、手助けしてもらえないという状況が続くと、たぶん人はどんどん大げさでヒステリックな訴えの仕方を選択するようになるだろうし、そのような状況は、誰をも幸福にしないだろうと思うのです。

 だから、「大変だ」「つらい」と誰かが訴えるのであれば、その人の背景を参酌することなく、そのまま自分に求められている手助けをしたい。
 その人が「こうしてほしい」と訴えるのを無視して、「そのような助けはお前に必要ない」とどうして他人が決められるでしょうか。
(その人が口に出して訴えていないことを、どこまでエスパーのように察する必要があるか、ということになると、これまた別の問題になるとは思いますが。)

雪の日の花火

その朝は大雪だった。

大学1年生の冬。まだマジメさの残る学生だった私は、1限目の物理化学を受けに登校した。
閉まっている校舎の外で、何人かの学生と待っていると、先生もいらした。

先生は鬼教官(試験の評価が厳しいこと)で有名だったが、ニコリともせずに進められる授業はとても丁寧で、わかりやすいものだった。

校舎はなかなか開かず、みんなで寒さに足踏みしながら待っていると、「すばらしい科学の発見というものはね」と先生が話し出した。

「すばらしい科学の発見というものは、花火みたいなものだと、ぼくは思う。
 その花火を自分の手で打ち上げられれば、これに勝る幸せはないだろう。
 しかし、その花火を上げるための手伝いができるだけでも、やはり幸せだ。
 そしてね。実は、同じ時代にその花火が上がる瞬間を見られること、それを美しいと思えることも、この上ない幸せなんだと思うよ」

それから今に至るまで、堕落したり、また持ちなおしたり、を繰り返している進歩のない私ではあるけれど、この花火への憧れだけはもち続けていたいと思う。

近況報告

すっかり更新の間があいてしまいました。とりあえず近況報告を。

受験機関に通学始めました
 先月から、弁理士試験のための受験機関に、週2日、通っています。
 その間、子供の面倒は夫が見ています。
 
 去年は通信の講座をとっていたのですが、子供の相手をしながらの細切れの時間では集中できず、意志の弱い私では継続不可能と判断(ああ、お金がもったいない)。
 夫に相談したところ、必要なら通ったらいいよと言ってくれたので、ありがたく通学の講座をとることにしました。

 ゼミ形式とはいえ、授業のクラスに座っているだけでは、もちろんなんにもならないので、予習・復習・自分の演習の時間が必要です。それには、朝の時間をあてています。
 もっとも、娘は私がそばにいないと探しに起きてくるので、これもなかなか大変ですが。

 しかし、勉強のペースメーカーができたこと、また、何をどう身につけていったらよいかという指針が得られること、なにより、ゼミの間は集中できることで、去年の「まったく勉強が進まない!」という絶望的な不安はなくなりました。
 
 事務所には、子供を育てながら試験に合格した先輩が何名かいらっしゃいますが、皆さんもやはり、通学されていたとのこと。
 昔は、泊まり込みの「正月特訓」もあったようで、「正月に家族を捨てて勉強に来ている!」という高揚感でモチベーションを保ったという話も聞きました。
 そのくらいの意気込みでがんばりたいです。

仕事
 昼間は仕事しているわけですが、ありがたいことにいろいろな仕事を回してもらえるようになって、忙しくも楽しく働いています。

 資格がないうちは、対外的に自分の名前を出して仕事をすることはできません。
 ものすごく「下積み」感の強い立場ではありますが、マゾっ気のある私にとっては、この「修行するぞ修行するぞ修行するぞ」という境遇もまたよし、であります。

 責任をとってくれる人が上にいるうちに、できるだけいろいろな種類の実務に習熟しておきたいと思っています。

家事
 料理は好きですが、献立を考えて買い物するための精神力がないので、平日は、ベネッセのレシピつき食材宅配を利用しています。
 毎日、その日の分の食材が届けられるので、帰宅後は何も考えずにそれを使ってつくればよく、非常に楽です。
 「このレシピはちょっと…」と思うときは、適当にその材料で別のものをつくったりもします。レシピどおりにつくると、味が濃いことがしばしばあるので、そこだけ注意。
 また、私にとっては野菜がやや足りないかな、と思うこともあり、週末にできるだけ野菜を使うようにしています。
 お手伝いしたいさかりの娘は、キャベツをちぎったり、もやしのひげを取ったり、夫にとっておく分のお皿にラップをかけたり、と、ちょっとした戦力になってくれます(ただし、自分が飽きるまで)。

 洗濯は、寝る前に洗濯機に放り込み、朝に洗い上がるように予約して干す、というようにしています。その頃には娘が起きていることが多いので、洗濯かごから衣類を出してもらったり、ここでも手伝って(遊んで)もらいます。
 タオル類は、ある程度まとまったら、出勤前に洗濯機に入れて、乾燥までしてしまう、というのがいちばん楽。
 
 今のところいちばん手抜きなのが掃除ですが、たまに母が手伝いに来てくれるのと、掃除好きな夫が週末にちょこまかやってくれるので、私は左うちわです。

Twitter
 細切れの時間の息抜きにちょうどよいインターネットサービスが「twitter」です。
 
 同じ興味や問題意識(私の場合は知財、子育て、研究、科学コミュニケーションなど)を共有する人たちと「つぶやき」でつながることができ、最近はよくこっちで遊んでいます。
 
 Twitterのいいところは、基本が「つぶやき」であること。それを読んだ人は反応してもよいし、しなくてもよい。反応をもらっても、反応し返すことが別に義務ではない。その「ゆるさ」が気楽で好きです。
 時折、何かおもしろい話題でわーっと盛り上がることもありますが、それはそれで楽しい。
 
 個人プレーが多い仕事をしていて、帰宅後は寝るまで子供と二人、夫と話す内容のほとんどが朝の事務連絡、という毎日を過ごしていると、興味のあることやどうでもいいことを話せるtwitterが、ちょうどよいガス抜きの場になっているように思います。

 気の合う人たちとだけつながれるシステムになっているので、不愉快な思いをすることはなく、よけいなエネルギーを使うこともありません。
 また、フォローしている人たちすべてのつぶやきを読むこともしていません。たまたまtwitterをのぞいたときに、おもしろいつぶやきがあれば「ほうほう」と反応し、さらに気になったら、その人のつぶやきを少しさかのぼって見る、というくらいの使い方をしています。

 それでも、各界で活躍している方々と気軽にやりとりしたり、忙しい子育て世代どうしで励まし合ったり情報交換したり、こんなことが簡単にできるなんてすごい時代になったものだなあ、と改めて思います。

 個人的には、誰を指しているのかわからない愚痴を書かない(読んだ人が「自分について言われているのか」と不快になるかもしれないから)ことにしています。
 また、私は実名を使っていることもあり、子供についての詳しい具体的な話は、最近は公開アカウントではしないようにしています。

 気を遣っているのはそれくらいで、8割方くだらないつぶやき、2割ほどは(もしかしたら)役に立つかもしれないつぶやきをして楽しんでいます。

「官僚たちの夏」と高度経済成長期の知財観

 城山三郎原作の小説「官僚たちの夏」がTVドラマ化され、話題を呼んでいます。
 高度経済成長期を支えた通産省官僚たちの物語で、熱い男たちの仕事ぶりが、地上の星のごとく輝いています。
 ちなみに、私の弱点は「何かに熱中している男性」であることを告白しておきます。

 先日放送された第8話は、主人公の一人である風越(佐藤浩市)が特許庁長官に就任するということで、新米特許技術者であり佐藤浩市のファンであるところの私も、わくわくして視聴に臨みました。

 しかし……しかしですよ! なんですかこの特許庁の扱いの低さは。
 要するに、出世コースを外れた風越の引き受け手として「三流官庁」たる特許庁が使われているわけです。

 その後も、飛行機やコンピュータなどの技術開発がめざましく進むシーンは出てくるものの、そういった技術を知財としてどう保護し、生かすか、という話はまったく出てきません。
 自由化で進んだ製品をどんどん輸入しようという趨勢に対抗して、自国の技術力を上げようとしているのが池内首相と風越特許庁長官という設定であれば、なおさら特許庁の出番ではないのか。
 設計の現場に、なぜか風越がいるんですけど、そんなとこで何してるんすか、長官!

 とまあ、知財に関わる人間として、憤懣やるかたないストーリー展開であったものの、これが時代性を反映したものなのか、それともストーリーのせいなのか、そのへんがどうもよくわからない。その旨をtwitterでつぶやいたところ、いろんな方から反応をいただきました。

 また、昨日、職場のランチ時にこの話題を持ち出したところ、けっこう見ていた人が多く、盛り上がりました。
 実際のところ、公務員志望者の間で特許庁が人気になったのはわりと最近の話なんだそうです。知財という言葉が流行りだしたのも最近であることを考えれば、そのへんは肯けます。

 それでは、ほんの少し前まで、官民ともに知財にはまったく無頓着だったのでしょうか?

 高度成長期は、特許出願件数もうなぎのぼりに増えている時代でもあります(昭和47年版科学技術白書[第2部 第3章 2] )。
 また、現行の特許法の基礎となる大々的な法改正が行われたのも、このころ(昭和34年)であり、知的財産保護に関する法的な議論はかなり熱心に行われていました。(「昭和34年法施行・50年」パテント 2009年 Vol. 62 No. 7 (PDFファイル))
 そして、その後の日本の経済の発展に、知財が大きく貢献したことは確かです。

 敗戦からの復興は、技術者たちの血と汗と涙がにじむ努力なしにはありえなかったものです。
 海外の進んだ技術を学び、利用したいという熱意が、自由化への取り組みを後押ししたかもしれません。そして、さらに良い技術、オリジナルな技術を創造しようとする技術者たちの気概と努力が、日本の優れた技術を生み出しました。

 技術などの知的財産を「利用する」ことと「創造する」ことは、経済活動にとってどちらも必要なことでありながら、ときに同じ現場で双方の利害がぶつかり合います。双方のバランスを取るための法的なしくみが、特許制度や著作権制度などの知財保護制度です。
 技術の流入と開発の進展が急速に進んだ高度経済成長期に、知財の「利用」と「創造」のバランスについて、議論がなされなかったはずはありません。

 それはどのようなものだったのか、強く知りたいと思っています。
 なぜなら、その頃の議論の中に、現在の知財保護の問題点を考えることに通じるものがあったように思えてならないからです。

 アメリカの強い支配下にあり、技術力も発展途上にあった高度経済成長当時においても、現在の特許法の基礎となる改正をなしとげた人々がいた、ということがどうしても気になるのです。

 技術の「利用」と「創造」について、昭和34年法改正時当時の結論は、
「物質を特許の対象とすることは見送る」(輸入して利用する)が、
「保護対象を“工業的発明”から“産業上利用することのできる発明”に広げる」「特許権の効力・存続期間の限定」(創造の後押し)
というものだった。
 どのような議論が重ねられてそのような結論に至ったのか。
 その議論の場は、「官僚たちの夏」の舞台とも負けず劣らず、熱いものであったことを期待して、ちょっと調べてみたいと思います。

 ちなみに、知財の活用と保護のあり方は、技術や経済の環境の変化に伴って、ダイナミックに変わりうるものですし、変わるべきものです。
 日本でも、今、2年後の特許法大改正に向けて議論が進んでいるため、特許法の根本から考え直してみるには良い機会だと思っています。

Creative Commons License
この作品は、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。

Staypressed theme by Themocracy