公立高等学校の授業料未納問題について、メモ

 島根県の公立高等学校が、生徒全員に対して、授業料を支払わなければ卒業証書を渡さない、と勧告する文書を出し、実際に一人の生徒に卒業証書を渡さなかった問題から、議論が広がっている。


 卒業証書を渡さないことの効力がよくわからないのだけど、学校教育法施行規則第58条とその準用規定に「校長は・・・全課程を修了したと認めた者には、卒業証書を授与しなければならない。」と定められているので、卒業証書を渡さないことは全課程を修了したと認めないということだ、と仮に理解しておく。また、後述するが、実際に滞納が続いたことを理由に生徒を退学処分にした例も相当数あるようだ。

 

 授業料の滞納は、ほかにも多くの学校で問題になっているようで、ネット上では、「親のツケを子供に背負わせていいのか否か」ということについて議論が沸騰している。

 親が経済的に困窮しているか、またはわざと授業料を踏み倒そうとするために、子供が高校における教育を受けられなくなる。さらに、子供は高校卒業の資格が得られないため、より上の教育を受けるためのハードルが高くなる。

 「すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず」という教育基本法の理念からしても、この現状が問題であるのは論をまたない。しかし、現行法上いたしかたないとするのか、法に反するとするのか、二つの意見が真っ向から対立している。


 高校の措置は現行法上は問題ないとするapjさんのエントリはこのへん。

  教育的配慮が暴走すると規範をぶちこわしにする

 アホと貧乏は別の話

 法も条約も無限のサービスの実現を要求してはいない

 「親がアホのツケを子どもに回すな」が意味している内容

 

 

 それに対して、児童の権利に関する条約および教育基本法の解釈などをもとに反論しているid:tikani_nemuru_Mさん、id:buyobuyoさんのエントリはこのあたり。

 子どもを守らないものは大人とはいわない(追記アリ

 apjの疑似法学をボコボコにする

 規範を破っているのはむしろ学校側である件についてと、続くエントリ。

 

 穏当に流れを把握したい場合は、渋研さんのエントリを読むとよさげ。

 「親がアホ」のツケは子どもに回って当然なのか【追記あり】と、続くエントリ。


 法律の解釈については、ぜひとも専門家の意見をうかがいたいところだが、ここでは、授業料未納・滞納問題の現状について私が個人的に疑問に思ったこと等をメモ程度にまとめておく。

 

授業料滞納は増えているのか

増えているらしい。

高校生 授業料滞納増える/保護者が「失業」など理由/日高教まとめ

授業料滞納で54人退学処分/過去8年間、宮城の県立高―四国新聞社


 理由が親の経済的困難であろうが、怠慢であろうが、主体的に経済力をもつことのできない高校生にとっては、授業料を払ってもらえないことには変わりない。奨学金や授業料減免の制度の恩恵を受けられずに、実際に、教育の機会が奪われている生徒がいるということは、大きな問題であると思う。


授業料滞納についての措置・処分の運用はどのようになされているのか

 ざっと調べてみて驚いたのだが、各自治体や高校によって、授業料を滞納した生徒(実際に払うのは保護者だとしても、高校との契約の主体は法の建前上は生徒ということになっているらしい)の処分が違うのだ。


 「最高刑」が出席停止であるとしているところ。

 川越市立川越高等学校

 指宿市立指宿商業高等学校

 福島県立高等学校

 福岡県立高等学校


 「最高刑」が除籍・退学であるとしているところ。

 山梨県/山梨県高等学校

 三重県高等学校

 川崎市立高等学校

 埼玉県立高等学校


 広島県では、出席停止のみでは滞納が解消されず、「退学もあり得る」という制度に改正したという経緯がある。

 平成13年度予算特別委員会~高等学校授業料の未納について~

 

 

 つまり、同じように親が理由で授業料を支払えない場合であっても、自治体や高校によって、除籍・退学になってしまう生徒とならない生徒が出てくるということだ。

 出席停止も、厳密には教育を受ける機会を奪っていることには違いないけれど、退学になってしまうよりはいいだろう。うーん。これって、自治体や高校によって、教育を受けられる機会が均等になってないってことじゃないのかな。


 また、授業料の支払いを督促・管理する主体を高校としているところ、教育委員会と連携しているところと、自治体によってまちまちなのも気になる。

 教育を主たる業務とする高校が、支払い督促・催告等についての責任をすべて負っていたら、現場の先生方の負担は並大抵じゃないだろう。自治体や高校によって、先生方の負担の重さが違う、というのも、教育格差を生み出す遠因となりはしないだろうか。


授業料滞納したら生徒を退学処分にしてよいという根拠は何?

学校教育法を見ると、第59条に「高等学校に関する入学、退学、転学その他必要な事項は、文部科学大臣が、これを定める。」とある。

これ学校教育法施行規則のことかしら、と施行規則の第26条を見ると、退学を行うことができる児童等の条件として「一  性行不良で改善の見込がないと認められる者 二  学力劣等で成業の見込がないと認められる者 三  正当の理由がなくて出席常でない者 四  学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者 」とあり、ここには授業料滞納は退学の理由に挙げられていない。

上で述べたように、学則や自治体の規則次第で、授業料を滞納したら退学させることができるとされているようだけど、その法的根拠が見つけられなかった(どこかにあるのかもしれないので、ご存じの方、教えてください)。


《追記》

 id:andalusiaさんのご指摘、ありがとうございました。

 参考リンク(これは地下猫さんとこにもありましたね。ちゃんと読んでなかった)→高等学校における退学処分と自主退学

 施行規則の第26条で定められているのは「懲戒による退学」だけとのことです(コメント欄参照)。


疑問点と感想を箇条書きにする

・退学という重い処分の基準の設定および運用が、各学校や自治体の裁量に任せられているという現状の是非。法的妥当性も含めて要検討だけど、調べれば調べるほど、現場の先生方のご苦労が忍ばれて、つらい。


・地域間・学校間格差の問題は、教育行政における地方分権の流れで、従来指摘されてきた重要な問題でもある。特に教育の機会均等がダイレクトに脅かされかねないケースに関しては、教育基本法の理念に悖るのは明らかで、国の行政に責任はないのか、はなはだ疑問に思うものである。法の専門家、教育行政に関わっている方のお教えを請いたい。


・法の理念から、そして道義的に考えて、次のような対処が本来は望ましいのではないか。つまり、授業料の支払いに関してはあくまで経済的主体である親(保護者)に責任を問い、必要ならば公的に援助し、教育を受ける意志のある(しかし経済力のない)子供にはきちんと教育を授け、卒業させる。

 こういった運用が現行法上でできないものか。むしろそうすべきではないのか。

 

 たとえば、大阪府はこのような対応をしている→授業料等滞納対策について

 支払い能力があるにもかかわらず支払わない場合は踏み倒しを許さず、そうでない場合は公的に援助する。

 それが筋ではないかと思うんだけど、どうなのだろう。



 *書きかけで一度上げてしまってすみません。また追記するかもしれません。


《追記》

 id:BUNTENさんよりブックマークコメントで「減免とかの基準が妥当かどうかとかも要検討。食うや食わずでないと減免されないとしたら、子供は勉強どころではないということもあり得ます」とのご指摘をいただいた。まったくそのとおりだと思う。