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具体的な「心」の支え方

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前回のエントリに、たくさんのコメント、ブックマークコメント、トラックバックをありがとうございました。


そもそもの発端となったエントリで、匿名氏がこんな追記を書かれていて、とても嬉しくなったので、ご紹介しておきます。

なんだか、すごい一杯トラックバック

付いててびっくりしました。

全部読ませてもらい、どれもこれも

なるほどなあと思って、すごく感謝しています。

ありがとう。


(中略)


ちょうど、昨日がプロジェクト終わりだったので

久しぶりに定時帰宅して、

家族3人で風呂入って、飯食って、

10時には娘と嫁と手をつないで寝ました。

嫁は始終にこにこしてました。

娘はきゃっきゃと喜んでいました。


匿名氏ご夫妻に心からのエールを送ります。ほんとうによかった。


さて、私の昨日のエントリへのブックマークコメントで、id:contractioに「「心」を「支える」って、何も言ってないのと同じじゃない? 」、 id:pitworksからは「男性の立場から、、夫婦喧嘩で嫁が不満な根本原因を特定するのは男性にはとてもハードルが高い。是非、ヒントを。 」というご指摘をいただきました。


先のエントリでは、「妻が疲れてうわーー!っとなったときに気持ちを受け止める」「男性が男性の望む働き方をできているのは、妻のおかげという面もある、ということを認めて妻に感謝する」という例を挙げておきました。

こういうことは、夫婦それぞれ、支えてほしいポイントが全然違うだろうとは思いますが、さらに具体的な例があった方がイメージしやすいかもしれません。

そこで、私が夫にどういうふうに支えてもらっているかをお話ししてみます(のろけ注意)。


とにかく、日々感謝してくれる。

・朝、起きてくるのは夫の方が遅いことが多いですが、台所に立っている私の所に来て「ありがとう~」と必ず言ってくれる。

・ご飯を食べた後、「ごちそうさま、おいしかった」と必ず言ってくれる。

・休みの日などに、夫だけ朝寝・昼寝することがたまにありますが、起きた後「寝かせてくれてありがとう。おかげですっきりした」と言ってくれる。


などなど。

日常生活は同じことの繰り返しですが、同じことでも何度でも「ありがとう」と言ってもらえると、やっぱり嬉しいです。


ビールとかワインとかを買ってきて、「一緒に飲もう」と言ってくれる。

子どもが寝た後の夫婦酒は、かなり充電されます。


利点としては、

・親どうしとして、じゃなくて、パートナーとして向き合える「二人だけの時間」があると、元気が出る。

・夫の仕事の話を聞いて、「そうか、今、こういうことでがんばってるんだな」とわかると、「じゃ、もう少し忙しそうだ。応援しよう」という気持ちになれる。夫の見ている理想みたいなものを共有できると、応援しやすい。逆に見えないと、置いてきぼりにされたような気がして、夫ばかりが先に走っていってしまっているような寂しさと、自分がそこまで走れない嫉妬が先に立ってしまう。

・「大人どうしの話」ができるだけで、とにかく嬉しい。


ぎゅーしてくれる。

これは、娘が見ていないとき限定(見ている前だと、猛烈に嫉妬されてしまうので)。

言葉がなくても、これだけでもかなり幸せ。


てな感じです。

どこの夫婦も、似たような感じじゃないかと推測していますが。


また、いただいたブックマークコメントやトラックバックの中で、特にご紹介したいものとしては、

id:oosawatechnicaの「保育園からの第一連絡先を夫の勤務先にして、夫に「自分が行くか妻に任せるか」の管理責任をしてもらうと妻はかなり楽になるし夫も自覚を持つよというライフハック

id:kskmeukの「分担というより、分業」「(家事等の作業で)初めと終わりの意識をそろえておく」(うちに帰るまでが遠足と同様に家事の始点と終点も結構遠い - くるえるはてなくしょん

id:sharouの「黙っていては、なにが問題なのか、男性も永遠にわからないだろうから、小出しにする知恵は必要」「トラブルがめんどうで、ふだん男を甘やかしているのは自分なんだから、もうひとつオトナになって、うまく気持ちを伝えてほしい」(そこに気づいている男は少ない - 社労士 李怜香の多事多端な日常

・あとは、いろんな方が言っていらした、男女でできれば数週間、役割を入れ替えてみる、ということ。うちも先日、これを一週間ほどやりましたが、実際やってみると、想像だけでは追いつかなかった理解が実感としてできます。女性側も男性の気持ちが(ある程度)わかります。(たとえばこちら→男と女の間には - 北沢かえるの働けば自由になる日記


皆さん、それぞれのご家庭の事情に合わせて、いろんな工夫・調整・すりあわせをしていらっしゃるんだなあ、ととても参考になりました。


不満や理想はいくらでも出てきます。

「社会がもっとジェンダーフリーになれば」

「残業しなければ満足に稼げないシステムがおかしい」

核家族なのに共働きしなければ暮らしていけないことがおかしい」

「夫が変わるべきだ(あるいは、妻が変わるべきだ)」

などなど。

もちろん、少しずつ、これらの問題をなんとかしていく必要があります。今回は、その話はしません。


でも、今、この時代で、不完全な人間どうしが夫婦になって、家族をつくった。

待ったなしで、生きていく必要がある。

だからこそ、家族の中だけでも、なんとか意識や状況を変えて、笑顔で暮らしていけるように調整していく必要があるのではないでしょうか。


どのように工夫しても、夫婦のどちらかに負担がかかるものだと思います。そしてそれは、今のところ、多くの場合、妻です。

「得意な方が得意なことをやれば」ともよく言われますが、得意なことが多い方に負担はよけいにかかってくる。妻が、稼ぐことも育児家事も得意な場合、やはり妻に負担がかかります。


「話し合えばいい」というのはそのとおりですが、お互いのいろいろな感情が渦巻く中、そうそう冷静に話し合いができる場合ばかりではないし、できないときがあるからといって、夫婦になるべきではなかった、と断言できるものでもないでしょう。


負担が多い側は優越感や不当感を、負担が少ない側は引け目、そしてその反動で優位を誇示したい気持ちを、それぞれもっていることが、話し合いをスムーズに進ませないのではないでしょうか。

そのことを、お互いが認識するだけでも、全然違うはずです。


今回、さまざまな関連エントリを読むことで、私は、私自身の問題に気づくことができました。

それぞれのエントリへの皆さんの反応を読む限り、ほかにもそういう方はたくさんいらっしゃるようです。

具体的な話をみんなが出し合って、話をし合って、そうして少しずつそれぞれの家庭が変わっていくことに、私は希望をもっています。


今日も、娘の言葉や行動のひとつひとつに、夫とふたりで爆笑したり、感心したりしながら、にぎやかで大変な日常が過ぎていきます。

これからも、娘と、そして私たち夫婦の成長とともに、また全然違う問題が出てくるだろうと思います。

でも、なんだかんだ言いながら、私は、夫と娘という家族に恵まれたことを、とても幸せに思っています。