読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サイエンスコミュニケーションで食べていく?

サイエンス

sachiせんせのエントリで、「サイエンスコミュニケーターで食っていけるのか」という問題(?)提起が。


サイエンスコミュニケーション一本で食べていっている方と言えば、森山和道さん? 竹内薫さん? でんじろうさん? そして内田麻理香さん? すぐ思いつくのはこのくらいかなあ。

博物館の方や、新聞の科学欄の記者さん(こちらは異動等があるので一概には言えないかもしれませんが)、各種広報活動に関わっている方も、「それで食べている」方々ですよね。


サイエンス「ライター」一本で食べていくのは難しいかもしれませんが、「コミュニケーション」を広くとらえれば、それで食べていく方法はいろいろありそうな。いや、やっぱり難しいか。

でも、それ“だけ”で食べていく必要も、ないかもしれないなー、と思っています。


科学に携わる人が、それぞれの立場で、いろいろなやり方で発信・交流を広げていければ、「サイエンス・コミュニケーション」なんて仰々しい旗を揚げる必要もないような気がします。

もっとも現状はそうはなっていないので、ある程度意識して、サイエンスコミュニケーションを志す人たちが集まってイベントを行うなどしなければ、そもそも科学に対して注目すらしてもらえない状況なんですが。


以前、私は「サイエンスライター」一本で食べていきたいな-、とのほほんと思っていた時期がありました(修士の学生だったころ)。

で、いろんな方(鈴木クニエさんとか、渡辺政隆さんとか)に相談していたのですが、その過程で、自分の甘さをつくづく認識したわけです。そして、こりゃ無理だ、副業でいこうと思ってしまったヘタレでございます。


だって、世の中には、ライター志望の人なんてごまんといるんだよ?

その人たちは、だーれも保護してくれない環境に自ら飛び込んで、自分=事業*1として、腕ひとつで仕事を取ってきているんだよ?

そうやってしのぎを削っている書き手がどっさりいる中で、書く題材が「サイエンス」だからといって、優先的に職業ライターになれるはずはないのだ、と。


理系であるくらいで、大学院出たくらいで、簡単にプロのライターになれるくらいだったら、誰も苦労はしないさ。

世の大多数の人たちにとってサイエンスは、音楽や、ウェブや、ゲームや、お笑いや、タレントや、政治や、アニメや、その他諸々のトピックのひとつにしかすぎない。

だから、たとえ題材がサイエンスであったとしても、というかだからこそ、読ませる「芸」が必要なんだとおもうのです。


「サイエンスコミュニケーションの仕事がしたい」

それではなぜ、マスコミの門をまず叩かないか。そこで勝負できないことがわかっているから? まさかそんなヘタレじゃないよね。

「組織の中で仕事をするのがいやなんだ」

それではなぜ、さっさと自分でコンテンツを生み出さないのか。人気エントリひとつ書けないのに、寝言は寝て言えと。


sachiさんが、どういう文脈で「サイエンスコミュニケーター」を紹介されるご予定なのかはわかりません。

ただ、職業的サイエンスコミュニケーターとして生きていくのは、たぶん、アカデミアで成功するのと同じくらい(それよりももっと?)、難しいとおもう。


私が一番危惧する状況はこれ↓

Step 1. 使い勝手のいい労働力として、博士学生、ポスドクを量産

Step 2. でもアカデミアのポストは固定化したままで、ポスドクがあぶれる

Step 3. 行き場のなくなったポスドクを「処理」するために、サイエンスコミュニケーターという「職」をつくって誘導

Step 4. アカデミアで食べていく能力もなく、自力で職業的コミュニケーターとして食べていく能力もないポスドクが、天下り的にサイエンスコミュニケーターなる「職」につく


既得権益を守りたい人たちと、上から与えられ、保護されなければ、自分を食べさせていくことができない人たちとの馴れ合い。

こうなったら、アカデミアも終わりだなあ。

*1:「事業主」の語はここからいただきました。