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お父さん

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Nbonline「土壇場の夫学」が、久しぶりに更新された。

今回のエントリ「いまこそ取り戻す「父権」と「夫権」」の中の、「あなたの"お父さん"を聞かせてください」という問いに、幼い頃の父親のことを思い出してみた。


父はプロのトランペット奏者である。だから、と言っていいのかどうか、特に私が小さかった頃は、大変に血の気の多い人であった。

今は孫娘にメロメロな「じいじ」であるが、父が若い父親だった頃は、何かにつけて"生"の感情のぶつかり合いが多かった、と振り返る。


もちろん、お風呂の中でいろんな落語を聞かせてくれたり、自転車の乗り方を教えてくれたり、母が仕事でいない夜に外食させてくれたり、というような楽しい思い出もたくさんあるが、そればかりではない。


夏の夜、ベランダで父と一緒に花火をしていたときのことだ。

私が持っていた花火に父が火をつけたところ、暴発してものすごい勢いで火花が飛びだし、父の手にかかった。

父は非常に痛がって家の中に飛び込んだが、私は「大変なことをしてしまった!」という恐ろしさに動けなくなり、暗いベランダにずっと佇んでいた。

やっとの思いで家に入ったところ、父が「お前は本当に冷たいやつだなあ」と、遅く来た私を激しく咎めた。

お父さんのことを心配していなかったんじゃない、暗いところでずっと心配していたのだ、ただ怖かったのだ、という思いを伝えたくて、でも伝えられず、お父さんに嫌われてしまったと思って、ひたすら悲しかった。

「ごめんなさい」という言葉が、喉と胸いっぱいに詰まって出てこない、痛いような苦しいような気持ちを、今でも鮮明に思い出すことができる。


叱られたことも数知れずあり、お尻をよく叩かれた。

生意気盛りの小学校中学年か高学年の頃。私が約束していたことを破り、父に「そこへ座れ!」と怒鳴られた。

これは叱られるな、と思った私が早手回しに正座したところ、「なんだ、その座り方は!」と怒声が飛び、さらに私の答弁が逆鱗に触れて、思いっきり横っ面を張り飛ばされた。

もちろん私が悪かったわけであるが、引っぱたかれたことに対しては納得いかず、泣きもしないで黙って座り続けた記憶がある。(その後、赦されたときに初めて泣いた)

後に、酒席か何かで、「あいつは張り飛ばされても泣かなかった」と、父が私の根性をそれなりに認めていたのを聞いた。

顔を叩かれたのは、後にも先にも、その1回きりである。


そんなこんなで大きくなり、私がお酒を飲めるようになった頃からは、深夜まで話し合うことも多く、わりとよく話す父娘である、と思う。


子どもに対する体罰や感情的な対応を、私は必ずしも全面的に肯定するものではない。

たとえば夫はよくできた子供で、両親に叱られたことはほとんどないらしい。ましてや体罰を食らったことなどはないそうだが、大変穏やかで、優しく、辛抱強い大人に育った。(私との結婚生活に3年以上辛抱しているくらいだし)

とはいえ、理不尽な思い出も楽しい思い出もひっくるめて、父の存在はとても大きいものである。


見たところ、私たちの娘もなかなかの根性をもっているようだ。穏やかな優しい夫が、今後、どのような"父親"になっていくのか、楽しみではある。