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パラダイス鎖国

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実はひそかにファンだった、id:michikaifuさんの「パラダイス鎖国」を読んだ。


近ごろ、これほど前向きな気持ちになれた本を読んだことがない。


世界の中での日本の存在感がどんどん薄れていく・・・「Japan Passing」ならぬ「Japan Nothing」の時代。

そのことに当の日本人は危機感をもたず、“お金がなくても気持ちよく生活のできる「清貧の国」”(本書から引用)で、そこそこ幸せに暮らしている。

でも、何か閉塞感がある。その閉塞感は、「ちょっといやかも」というようなレベルのものではなく、徐々に湯が熱くなっていくことに気づかずに茹で殺される「ゆでガエル」のような危機的状況に直結しているかもしれない。


おそらくはいくらかの日本人が気づきはじめ、眉間に皺を寄せた“識者”たちが悲痛な警鐘を鳴らしはじめた「パラダイス鎖国」ニッポンの現状を、海部さんは緻密に、冷静に分析する。

ちなみに、「パラダイス鎖国」という秀逸なコピーは海部さんのものである。


この本の素晴らしいところは、ありふれた“識者”たちとは違って、ただ危機感を煽り、結局は誰の行動をも変革させないような無責任な論評にとどまらないところだ。

われわれ普通の日本人ひとりひとりが、どうやったら「ゆるやかな開国」「軽やかなグローバル化」にトライできるか、そして、その結果どんないいことがあるか、を明るく落ち着いた筆致で説いている。

詳しくは本書をお読みいただきたい。


ところで、本書で指摘されている「インセンティブ設計の必要性」は、まったくもってそのとおりだと思う。

参考になるアメリカの事例として、

中流以上のごく普通のアメリカ人に、一生懸命働いて自分の生活も世の中もよくしていこうという、前向きな精神を育てるノウハウがある。

よいことをすると何かしら「気持ちのよい」結果が返ってくる、という仕組みを作り上げている。

ということが紹介されているが、おそらく今の日本で見失われているのは、「世の中をよくすること」、ひいては「世のため人のため」に働くことで得られるインセンティブの実体だろう。

働いて、“はた”を“らく”にできれば、それで幸せだ、と単純に信じられなくなっているのかもしれない。


たとえば、働くことの最たるものは、育成だ。

学生であれ、部下であれ、自分の子どもであれ、人を育てた経験のある人ならわかると思うが、他人の育成から得られるインセンティブは、相手が育つことそのもの(もしくは育つ相手を見て、自分が気持ちよくなること)である。

拡大すれば、他人と関わることには、それだけでインセンティブがある。いったん「気持ちいい」と感じられたら、ものごとは大抵、ポジティブに回り出す。

しかし、人と人が関われば、そしてその関わりが深くなればなるほど、摩擦が増えて、投入する労力も増えていく。

表面的な利益・コスト計算でいくと、おそらくは「損」の方が多いかもしれない他人との関わりにおいて、「損」ばかりに目が行き始めると、おそらくいろんなところが硬直し始める。


あえて極論すれば、人材を育てない会社、後輩や同僚に情報を開示しない労働者、子どもを目障りな存在としか考えない大人、親や家族との関わりを絶つ子どもは皆、異質な他人と関わることそのものから得られるインセンティブを見失っている、とは言えないか。


楽観的に過ぎるかもしれないが、自分とは違う誰かと関わることができたら、「あなたに会えてよかった」「あなたと一緒に仕事ができてよかった」「あなたと暮らすことができてよかった」と、ひとりひとりが思えるようになったら・・・もっともっとダイバーシティも進んで、もっともっと日本という場所があたたかくなって、もっともっと自由に、生きやすい国になるんじゃないかなあ。