母親を認識?

どうもこのごろ、娘は私を「なんか特別なヒト」と認識しているようだ。

うふふ。

私以外の人(夫や母、夫の母など)に抱っこされても、目が必ず私を探す。私を見つけると、にこーっと笑う。

うふふのふ。愛いやつじゃ。


今日は涼しかったので、午前中、娘をスリングに入れて、近くのお店までお買い物。

前に連れてきたときは爆睡していたのだが、今日はしっかり起きて、きょろきょろと店内を見回していた。

ほどよく疲れたらしく、帰って授乳を終えたら、そのまま2時間近くお昼寝。

遊んだり、お風呂に入れたりして、午後もまた1時間以上お昼寝。今日は良く寝るなあ。

夕方のお散歩、お風呂、授乳といつもどおりのコースで就寝。

一緒に横になって、顔を見合わせながら手を握って「ねんねん」していたら、満足そうににっこり笑う娘。


その笑顔が、かーちゃんへの何よりのご褒美です。

今日もありがとう、娘。


今、娘は、たった三ヵ月半前に娑婆に出てきたとは思えない大きな態度で、ででーんと私のふとんの上に大の字になって寝ている。

この子の先に広がる無限の未来。

その未来を、途中まででも、一緒に歩んで行けるんだね。


これまでほんの三十年、いたって平凡な人生を送ってきた私だけど、その私が味わった些細な悲しみや苦しみさえも、娘の上には降りかからぬようにと祈る。

そのような願いは親のエゴだ、と以前の私なら憤慨したかもしれない。そして、そのとおりであることもわかっている。それでも祈ってしまう。

そう祈られて、私も生まれてきたんだろう。


世相を悲観して、子どもを産まない人も多いと聞く。

そんな世の中に、娘よ、私たちはあなたを産んだ。

なぜ?と思う日が来るかもしれない。そのときは、泣いてほしい。怒ってほしい。体と心全部で受け止めるから。

そして、そんなことのない多くの普通の毎日は、総じて気楽に、のんきに、時に真剣に、何より愉快に、一緒に暮らしていこう。