逆子出産記・後編

 水風船が出てから、子宮口が全開になるのに時間はかからなかった。腰から下を引きちぎられるような陣痛が襲ってくる度に、思わず体をよじってしまいそうになる。夫はずっと私の肩を抑えて、私の呼吸に合わせて呼吸をしてくれた。

 部屋の照明を落としてもらったことで、かなり耐えやすくなった。


 先生方が続々と集まってきた。

 「いい波が来てますよ。もうすぐ赤ちゃんに会えますからね」

 サーフィンでもしているかのようなS先生の言葉。

 「とにかくギリギリまで、その調子でいきみを逃してね。最後の頭が出るときまで頑張って。そうするといいお産になるんです」

 産婦人科長のN先生の声が聞こえる。

 「はい・・・でもいきみたいです~」

 本日二度目の泣きが入ってしまう。

 「いきみたいですね。そうだよね」

 共感してもらえたことで、とりあえずは安心して、またいつ果てるともしれないいきみ逃しに戻る。


 そう、つらいとき、この「共感」ほどありがたいものはなかった。

 たとえば、痛みの波が来ているとき、付き添ってくれている助産師のKさんは「痛いねー、痛いね」と静かな声をかけながら、体をさすってくれた。

 「がんばれ」でもなく「このくらいの痛み、なんでもないわよ」でもない。私が感じている痛みをそのまま受け止め、認めて、そばにいてもらえることで、私はとても楽になり、慰められた。このことだけは忘れることができない。

 

 子どもは足から出てきた。

 「もうすぐですよ。もうすぐ会えますよ」

 そう言われてからも、まだいきみの指示は出ない。ありがたいことに子どもは自分でどんどん降りてくる。

 「しかし、本当に心音が落ちないね」

 N先生が感心したようにつぶやく。まったく、なんという生命力の強さだろう。


 助産師さんたちが次々と集まってきてくれた。仲良しのSさんの声も聞こえる。

 いったいいつまでがんばればいいのだろう、と思っていたとき、誰かが音楽をかけ始めてくれた。ジブリ映画のテーマのオルゴール版である。これが絶妙なタイミングだった。「いつも何度でも」のやさしいメロディが聞こえてきたとき、ふっと肩の力が抜けた。

 夫が私の顔を扇ぎ、乾ききった唇を繰り返し水で湿らせてくれた。


 「じゃ、そろそろいきんでみましょうか」

 やっと、やっとの許可が下りたあとは、無我夢中だった。しかし、頭はなかなか出てこない。途中で酸素マスクをかけ、何度目かのいきみに合わせて、S先生が子どもを引っ張る。あんなにしても、子どもって壊れないんだな、とぼんやり思った瞬間、

 「はい、おめでとう!」

 とスタッフの方全員が叫んだ。生まれたのだ。午後4時50分だった。

 しかし、子どもの声はまだ聞こえない。肺から羊水を吸い出すまでの時間が無限にも長く思えた。最初の泣き声が弱く、ついで強い産声が聞こえてきたとき、どっと涙が溢れてきた。

 「泣いてる、泣いてる、よかった~」

 夫の顔を見てそんなことを言った気がする。泣いているのは私と夫なのに。

 あとは、とにかく「ありがとうございます」を言い続けていた。


 少しして、娘が隣に連れてこられた。想像していたより、はるかに整った顔立ちで、可愛い。ほんとうに可愛い。

 初乳を飲ませる。力強く飲む。裸の子どもを胸の上に乗せると、じんわりした体熱と重みが伝わってきた。元気に生きている娘を抱いて、もうすでに、さっきまでの痛みは忘れてしまった。

 そうしているところに実家の母が来てくれた。私と娘を見て涙ぐんでいる。とても誇らしかった。


 2時間、LDRで安静にしていた後、自力で歩いてトイレへ。そして自分の部屋へ。

 夫、母、そして駆けつけてくれた父と三人で、娘を囲んで話す。私は出産直後のため、熱が38度以上に上がっており、冷たいものが食べたかった。夕食後に、夫が駅前まで走ってアイスを買ってきてくれた。とてもおいしかった。


 その夜は、興奮のため、ほとんど眠れなかった。氷枕の上で目を見開いていたのだが、いったい何を考えていたのか、今はほとんどおぼえていない。

 そう、それから始まった娘との毎日の思い出が積み重なっているから。