逆子出産記・前編

誰に似たのかガンコな逆子ちゃん(骨盤位)だったわが子。なんとか普通分娩で産みたいと願っていた私は、突然の破水等に備えて5月2日から入院していた。

骨盤位分娩はリスクが高いので、様子を見ながら、先生方が全員集まれる日を選んで陣痛を誘発し、分娩にトライする予定だったのだ。


管理入院生活も10日経った5月13日、土曜日。

前日の診察では、子宮口の開きがまだ2センチくらい。相変わらず、前駆陣痛的な張りは来ているなーという感じだったが、大事を取って、陣痛を誘発するのは週明けにしましょうと言われる。そっかー、じゃ、この週末はまだのんびりできるのね、と、ちょっと夜更かしして、「MOTHER 3」をかなり進めて眠りについたのだった。

ゲームの興奮が子どもに伝わったのか、やけにこの夜は子どもがよく動いていた。


早朝4時過ぎに、ふと目がさめた。生温かい水が流れている感じにぎょっとする。まさか、と起き上がるとどんどん流れてくる。破水だ。

胎動はあるので子どもは元気。とりあえずナースコールする。着替えさせてもらい、ベッドの足のほうを高くした状態で、子どもの状態を見るためにモニターをつける。すぐに元気な心音が聞こえてきてほっとした。

様子を見に来てくれた顔見知りの看護師さんに、

「まったく予想してなかったんですけど」

と訴えると、

「大丈夫よ~、ここは病院だから」

と言われる。もっともだ。

携帯で夫に電話すると、すぐに出た。第六感か何かが働いたらしく、4時前から目がさめていたらしい。車ですぐに来てくれると言うので、かなりほっとする。


やがて、陣痛分娩室(LDR)に移動することに。生まれて初めて車椅子に乗せてもらった。

憧れのLDR。ついにこのときが来たか、と感動しつつベッドに横になり、再びモニターをつけた。この頃から、少しずつおなかの張りと痛みを感じ始めていた。当直の先生が一度内診をして、今後の方針を説明してくださる。

やがて夫が到着し、しばし話しながら過ごす。この頃はまだ、「陣痛中でーす」などと写真を撮るゆとりがあった。


実家に電話したりしているうちに、痛みは強くなっていく。しかも間隔が5分おきくらい。しかし、おなかの張りを示すモニターにはそれが現れない。逆子のせいかどうか、モニターをつける位置によって、私のおなかの張りは現れないことがあるのだ。これは、入院中にもしばしば起こった現象で、上手な助産師さんだと一発で取ってくれるのだが・・・。


しかし、発来している陣痛を、このまま見過ごされては困る。「モニターに出ない、おかしい、おかしい」と訴える私を見かねた夫が、様子を見に来てくれた助産師さんにそれを告げてくれた。

「けっこう痛い?」

「痛いです~。ものすごくひどい便秘が解消される直前というか」

「うーん、それはお産が近いかな。先生が揃うまでにはちょっと早いんだけど」

彼女は私のおなかに手を当てて、直接張りを見てくれた。モニターと見比べながら不思議なことをつぶやいた。

「こりゃー、サカバリだな」

「サカバリ?」(逆張りと書くんだろうか)

「張りの数値がマイナスに出ちゃうのよ。そうか~」

どうやら、そのサカバリとやらのことを申し送ってくれたらしく、交代で来てくれた日勤の助産師さんは、ずっと私のおなかに手を当てて、直接陣痛の強さを見ていてくれた。これが、最後まで本当にありがたかった。


ある程度子宮口が開いたので、先生が再び来て、水風船のようなものを入れる処置をしてくれる。これ以上羊水が流れ出るのと、臍の緒が外に出てしまうのを防ぐためでもあり、さらに有効な陣痛をつけるためでもある。この風船が自然に出る頃には、子宮口は7センチくらいに開いているという仕組み。

確かに、この風船の処置のあとは、今までの痛みはなんだったの? というくらい痛みが強くなった。

とにかく痛みに耐えながら過ごす。5分おきにやってくる痛みに耐えていると、時間はどんどん過ぎていく。

帝王切開になる可能性もあるので、飲食はできない。途中からブドウ糖液の点滴が始まる。夫は昼ご飯も食べずに付き添っていてくれた。


別の先生が来て、陣痛促進剤の投与を始めることに。

「もっといい陣痛が来るように、少しお手伝いをしましょうね」

と言われたが、果たして今のこの痛さは伝わっているのだろうか?(モニターには相変わらず、ほとんど張りが示されていない)

薬による過強陣痛は怖いと聞く。かつて体験したことのない痛みの中で、これは本当に怖いと思った。思わず

「ほんとに、今よりもっと痛くなるんですか?」

と先生に聞いてしまう。夫はこの発言を聞いて、ああ、これは本当に痛いんだな、と思ったらしい(普段、絶対にこんな泣き言を言わないので)。


やがて主治医のS先生が到着。陣痛の合間に

「破水しちゃいました~。お休みなのにすみません」

と謝る。

「大丈夫ですよ。がんばりましょうね」

と言われたかどうかは定かではない。このへんになると、痛みで記憶が朦朧としているのだ。たぶん、そんなようなことを言われたのだと思う。


とにかく「ふーーーっ」と長く息を吐くことで痛みに耐える。自慢じゃないが、この呼吸法ならお手のものだ。第九ではソプラノを歌う私をナメてはいけない。

助産師のKさんが、呼吸法を誉めてくれた。彼女は夫に

「偉いですよ。このくらい進んでくると、声が出ちゃう人もたくさんいるんです」

と言ってくれる。誉められるとやる気の出る私は、Kさんのおかげで、最後までほとんど声を出さずに乗り切ることができたのだ。


さて、幾度となく「ふーーーっ」を繰り返しているうちに、子どもの位置が次第に下がってくる。それと同時に、ごぼごぼと水風船が子どもに蹴られている感じがする。猛烈にいきみたくなるが、それを呼吸で逃すうち、ついに水風船が押し出された。

Kさんにそのことを告げると、すぐに先生が呼ばれて内診。

「自然脱出? いいですね。赤ちゃんどんどん下がってきてますよ」


そうか。この子も外に出たくて頑張っているんだ。薬で誘発する前に、自分で生まれてくる日を決めたわが子。この期に及んでまったく心音が落ちないほど強いわが子。陣痛が強まるほど、早くこの子に会えるのだ。

2分間隔くらいでやってくる痛みの度に、「もうすぐ会える、もうすぐ会える」とバカの一つ覚えのように念じていたのをおぼえている。

(続く)