III.終わりに

 と、いうことである。結局、太宰はその生涯において2人の大きなライバルを持っていた。西鶴と、イエスである。どちらが重いかと言えば、それはイエスであろう。しかし、太宰とイエスについて長々と述べる力量は、私にはまだない。(3)で述べたのは、私が今、太宰の作品から感じ取れるものの中の(「パンドラの匣」かっぽれさん流に言えば)“いちばんいいところ”のつもりである。

 西鶴を、文学営為上のライバルと私は解したが、(1)で挙げた「一日の労苦」のように、太宰という人は”骨のずいまで小説的で”あり、“何もかも、みんなもらって、ひっくるめて、そのまま歩”いてしまった人である。もう一人のライバル、イエスと切り離して考えることはできない。ただ、太宰・西鶴・イエスを結びつけた論文を書くには、紙数も力量も足りないので、いきおい西鶴に重点をおいた論文になった(と信じる)。

 結論。太宰治は、実人生でロマンスを生きた人であった。そして、その美しさと苦しさを同時に味わったのである。
 ロマンスの聖性を最も良く知り、それに最もあこがれた太宰。
 私たちは、胸をはって、太宰が好きだ、と言っても良いのである。


参考文献


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