II.西鶴から見た人間太宰治 (2)滑稽、おどけ−「町人物」「世話物」よりー

 ここでは、沈黙を破ってから「新釈諸国噺」を書き終えるまでの太宰に注目してみる。この時期を中期とする。(一般的な“中期”は敗戦まで、つまり「新釈−−」以後に書かれた「津軽」「惜別」「お伽草子」の3作を含むが、私はこの3つの作品の書かれた時期を別個のものとしたい。理由はそのうちわかると思う。)

 さて、太宰は中期に入り、一転して”面白い”小説を書こうとしている。そして随筆「一歩前進二歩退却」の中で、作品の面白さよりも作家の人間や弱さを気にかけ、嗅ぎつけようとする読者の悪口を言っている。何でも素直に読んで、分相応にたのしめと彼は書く。
 もっともである。それではしばらくこの時期の彼の作品を“素直に”たのしんでみよう。これは読者だけに与えられた権利だから、思う存分使わなければソンである。

 この時期、太宰はかなり多作である。そしてそれらが皆、非常におもしろい。
 美しい作品としては「満願」「黄金風景」「女生徒」「葉桜と魔笛」「美少女」「皮膚と心」「走れメロス」そしてやっぱり「富嶽百景」。題を並べただけでも美しい。甘い、という人があっても私はそれを無視する。好きなものは好きなのだから。嫌いなら読むな、それだけのことである。

 うまいなあと思うのは「女の決闘」「駆込み訴え」。
 「女の決闘」は鴎外の翻訳したヘルベルト・オイレンベルグの作「女の決闘」を、太宰と一緒に読む、という仕組みになっている。当然太宰は原作を敷いて奔放に想像の世界を繰り広げているのであるが、ここで私が下手にしゃべってもつまらないのでやめにする。読んでごらんなさい。面白いから。

 しかし「新釈諸国噺」については少し説明してみよう。噺家太宰の面目躍如たるものである。

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