II.西鶴から見た人間太宰治 (1)倫理−「武家物」よりー

 太宰治を論ずる時、最も重要なのは、その倫理であるとされる。それがあまりに厳しく、特異であったがゆえに、彼の生涯に深い影響を与えているからである。いや、倫理は彼の生涯に深い影響を与えているからである。いや、倫理は彼の生涯そのものであったと言えるかもしれない。

 そこでこの項では彼の作品を年代順に並べて3つの時期に分けた中で、主に前期の彼を取り上げて、西鶴の武家物とともに彼の倫理を考察していく。

 まず、陳腐ではあるが、太宰の育った環境を見てみよう。

 太宰が生まれたのは津軽屈指の名家、ヤマゲンと呼ばれた津島家であった。それゆえの恵まれた待遇によって、彼には自分が特別な存在であるという意識が育ったという。
 その自己の内意識への反発からであろう、彼は「晩年」でデビューする前、プロレタリア文学的な作品を数多く書いている。しかし、彼とコミュニズムとの関係について述べるのはかなり難しいのでここではやめておく。

 一般的に、太宰治はこの自己に潜む選民意識、名門意識への反発からその下降指向の人生を歩み始めたのだ、と受け取られているようである。反逆。破壊。全ての上昇感性との戦い。そしてみずから「負の十字架」にかかるという美しい滅びの姿。
確かにそれは、彼の作品の中からいくらでもみつかる例証によって帰納できるかもしれない。太宰の作品は、上昇感性との戦いから生まれたものだというのである。

 よろしい。それも1つの考え方である。しかし、私は上昇感性の肯定から彼の作品が生まれた、という観点からこの論文を書いていきたい。なぜなら、選民意識・名門意識への反発は偽善への反発であり、偽善への反発は誠実であることへの上昇志向であると言えるからである。そして、彼の作家としての人生は、この誠実・信義に対する激しい希求、つまり厳しい上昇倫理によって成り立っているのである。

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