科学と生活のイーハトーヴ

Seeking for Ihatov – Utopia – of Science and Life

I.はじめに

 太宰治、と聞いてうん、デカダン、無頼派、浮気者、脆弱、気取り、私のただ1人の理解者などとすぐ答えてもらっては困る。いや、答えても構わないが、その認識の中にもう1つ、新しい太宰像を加えて頂きたい。

 太宰治は古典を非常に愛した。
 「右大臣実朝」「新釈諸国噺」「お伽草子」などの作があるのでそれは知られているが、私は井原西鶴との関係に特に興味を持った。
 太宰は、西鶴の様々な著作から選んだ短編のパロディ集である「新釈諸国噺」の凡例にこう書いている。

 西鶴は、世界で一番偉い作家である。メリメ、モオパスサンの諸秀才も遠く及ばぬ。私のこのような仕事に依って、西鶴のその偉さが、さらに深く皆に信用されるようになったら、私のまずしい仕事も無意義ではないと思われる。(中略)この際、日本の作家精神の伝統とでもいうべきものを、はっきり知っていただく事は(中略)昭和聖代の日本の作家に与えられた義務と信じ、むきになって書いた。


 私は太宰が大好きであったので、その太宰がこんなに褒めたたえる西鶴とはどんな人だろうと思ったのがきっかけで、この研究を始めた。注意してみると、太宰の作品のあちこちに西鶴が顔を出している。本当に西鶴を愛していたのだろう。

 ところが、そうやって調べていくうちに、私は太宰という人の見方を根本的に変えたくなった。それが初めに書いた「新しい太宰像」なのだが、もしかしたら勉強不足の私が遅ればせながら気付いただけのことかもしれない。太宰の言葉を借りると「でも、この辺が私の現在の能力の限度かも知れぬ」。

 大好きな太宰と、夏中正々堂々とつきあっていられるので嬉しくてならない。精一杯書いてみるつもりである。

 取り扱う西鶴の作品は、太宰が好色物は嫌いだと言っているので、それを素直に信用して、武家物と町人物と雑話物に限った。また参考のために、次に「新釈諸国噺」の西鶴作品の出典を挙げておく。

 「貧の意地」=“諸国はなし”の『大晦日はあはぬ算用』
 「大力」=“本朝二十不孝”の『無用の力自慢』
 「猿塚」=“懐硯”の『人真似は猿の行水』
 「人魚の海」=“武道伝来記”の『命とらるる人魚の海』
 「破産」=“日本永代蔵”の『三匁五分曙のかね』
 「裸川」=“武家義理物語”の『我が物ゆゑに裸川』
 「義理」=“武家義理物語”の『死なば同じ浪枕とや』
 「女賊」=“新可笑記”の『腹からの女追剝』
 「赤い太鼓」=“本朝桜陰比事”の『太鼓の中は知らぬが因果』
 「粋人」=“世間胸算用”の『訛言も只は聞かぬ宿』
 「遊興戒」=“西鶴置土産”の『人には棒振虫同前に思はれ』
 「吉野山」=“万の文反古”の『桜の吉野山難義の冬・人のしらぬ祖母の埋み金』

 *武家物……4
  町人物……2
  雑話物……6


II.西鶴から見た人間太宰治 (1)倫理−「武家物」より−

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